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テオとフリオ

麦笛(ばくてき)や貴女を誘ふ麦畑 涙次〉



【ⅰ】


 でゞこは、4匹の子供、文・學・隆・せい、に乳を飲ませてゐた。

 それを見ながら、テオはいつしか眠りに落ちてゐた。


「母さん、僕の母さんなんだね」-「さうよ。でも母さん、あんたを育てる自信、ないの」-「え!?」-「あなた人間の言葉を、てれぱしーとやらで話すつて云ふぢやない。猫にそんなもの、必要ないのよ」-「それで僕と縁を切るの?」-「あなた猫には不必要な事、知り過ぎだわ」-「...」


 悲しい夢だつた。「シュー・シャイン」に聞かされた話、自分の前世は、「清作」と云ふ人間の子で、「過知能」ゆゑに親に捨てられた- と云ふ話、が作用してゐたのかも知れない。どの道、僕の天才を以てしても、僕の出生の秘密だけは解けないのだ。



【ⅱ】


 そんな過去には拘泥すまい。僕は今日を生きるんだ! テオは目醒めて、さう思つた。


 晩御飯は鰆の焼いたのをほぐして、牧野が拵へてくれた。テオ、思はず唾を呑んだが-「フルさん、これ、冷藏してくれる?」-「お口に合はなかつた?」-「いやさうぢやない。今度のボス猫の選挙に使ふんだ」-「テオさん、ボス猫の坐、狙つてるんだ。カッコいゝ!」-「代はりはいつもの猫缶でいゝよ」-「分かりました」


 さう、テオはボス猫になつてやらうと、詰まりそれが「今日を生きる」証しなのだと、さう思ふ事にしたのだ。さうでもなきや、さつきの夢の悲しさは、拂拭出來ないよ- 僕も男だ、野心を持たなきや。



【ⅲ】


 旧ボスはフリオと云ふ名で、旧態依然とした、暴力による支配を續けてゐた。「テオ、俺に逆らふつもりか」-「お前のやり方はもう古いよ、フリオ。どつちが、隣組の侵入を防げるのか、勝負だ」-「望むところよ」


 隣組、と云ふのは、野方の所謂「カンテラ通り(ストリート)」の裏手の住宅地の、猫たちの事を指す。繩張り争ひは、人間のヤクザと違ひはない。猫の集團と云ふのは、一種のマフィアなのだ。それを守るのに、戦争嫌ひな僕の手で、挑戦してやらう、さうテオは心に決めてゐた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈マフィアありゴッドファーザーたる事は猫にとつても貴顕の(しるし)



【ⅳ】


 隣組が、ボス選挙の隙に、難攻不落なテオたちの組の、領土を獲つてやらうと攻め込んで來た。今回こそは、と彼らも鼻息が荒い。

 フリオは、集められる限りの「兵隊」を使つて、それに對抗するが、怪我を負ふ者續出で、てんで領土、強いて云へば組の平和を守り切れない。これでは、♀猫も獲られてしまふし、自分たち♂も、配下になる屈辱を舐めなくてはならない。


 そこで、テオ。隣組のボスと(買収で根回しゝて)會見する事に成功した。「さて、入貢の品は?」-「はあ?」-「入貢品がなければ、お前たちの領土を安堵する事は出來ないよ」-テオは、古代の中國が取つてゐた方法で、猫の世界を治めやうとしてゐたのである。要は何だか偉さうな振りしてゐられない者には、国盗りは出來ないつて事。



【ⅴ】


 隣組のボス以下、屈強な野良どもが、話し込んでゐる。そして... つひに彼らは、テオの用いた「トリック」に引つかゝつてしまふ。テオの方が偉い、と自分たちで勝手に思ひ込んでしまつたのである。何処の世界も、要は押し出しの良い者が勝つ。「わ、分かりました」差し出したのは、♀猫数匹。


 テオ「ふん、人身御供か。碌なもんぢやないな、貴様ら。自分の配下を流通貨幣だと思ひ、彼らを守る事を(おろそ)かにしてゐる、とは」だが、テオは、取り敢へず臣下の禮を執つた彼らに、下賜の品を渡した。古代日本より伝はる金印のやうに。


 テオ「まあ旨いもんでも、食ひな」例の鰆を彼らに渡した。「は、はつ!!」これで選挙は、テオの圧勝と決まつた。



【ⅵ】


 隣組の者から取り敢へず預かつた、♀猫たちの身は、勿論解放した。「テオさま、有難うございます!!」その♀たちに、普通のボスなら手を出すところを、テオは紳士の態度で、接した。猫の世界も民主主義が一番、なやうで...


 と云ふ譯で、テオは新しいボス猫の坐に坐る。頭、だよね、男は。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈流行らない中華蕎麦屋の水中花 涙次〉



 これでテオの国盗り物語、終了。これからどのやうに、組を運營してゆくか、見ものであります。ぢやまた。今回はこれにて-

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