ep.7
「んぎゃっ⁉」
ドシンッ――と、床に何かが落ちる音が響き、それに混じって人の声が聞こえた。
朧気だった意識が少しずつ覚醒していく。
時刻を確認すると、午前七時。目覚ましがちょうどよく鳴り、僕はそれを止めて起きあがる。服を着ていないため、視線を下に向ければ、元気の良い筋肉が目に入る。
枕元にある筋分解抑制サプリを摂取して、隣の部屋にいるであろう笹美さんに声をかけた。
「笹美さん、大丈夫ですか?」
「……ぃ」
小さな声が聞こえ、応答が無くなった。
笹美さんとは連絡するためのSNSや電話番号を交換していない。
僕は急いでタンクトップと短パンに着替える。タオルを首にかけて玄関を出ると、隣の部屋の前に行く。
チャイムを鳴らしても返事が無く、何度かノックをした後、ドアノブに手をかけた。
鍵は閉まっていなかった。
「笹美さん、失礼しますね」
一歩。笹美さんの玄関に足を踏み入れると、筋肉が少し震えた。
澄んだ空気と共にほのかに冷気を感じる。
僕は廊下を進み、リビングに着く。
昨日の掃除もあり、部屋は綺麗になっていた。クーラーがついており、リモコンはテーブルの上にあった。設定温度は二三度。僕はスイッチを切る。
「どこにいるんだ……?」
僕は辺りを見渡し、閉まっている扉を見つける。
リビングと隣接してある部屋。同じ間取りであれば、僕が仕事をしている部屋である。
扉の前に立つと、笹美さんの声が聞こえてきた。
「もしかして、国緒さんいますかっ……⁉」
懇願するような声色。
僕は扉を開けた。
笹見さんは床に寝ていた。うつ伏せで、少しだけ手を上げた。
「た、たすけてください……」
猫耳がある可愛らしいチャック付きの服を着ていた笹美さん。彼女はビクビクと痙攣しており、体を動かそうとするたびに声を震わせている。
「か、からだがぴくりとも動きません……」
手を下ろし、笹美さんははぁはぁと息をした。
笹美さんの横にはベッドがある。上布団は乱れており、笹美さんの足に絡みついている。
ベッドの上には二頭身の可愛らしい人形がたくさん並んでいた。ベッドの他には机と椅子があるほどで、意外にも整っていた。
僕は屈んで、笹美さんの太ももに触れる。「ちょっと失礼しますね」
「あっ……んっ……ひにゃっ……」
笹見さんが甘い声を漏らしながら身悶えた。
筋肉の感触。そして笹美さんの反応。
「……笹美さん、これは筋肉痛です」
酷使した筋肉が超回復することによって発生する痛み。しっかりとケアをしておけば、少し違和感がある程度で、日常生活に支障はない。
僕は屈んで笹美さんに尋ねた。
「昨日ってケアをしましたか?」
「もちろんしましたよ」
だとすると、僕は無理な筋トレをさせ過ぎたのかもしれない。トレーナーとして許容範囲を把握できなかったのは反省しないと
「ちゃんとクーラーで体を冷やしましたし、痛くないくらいに体を伸ばしました」
いや、反省すべきなのは伝達の仕方だった。
僕は笹美さんを抱きかかえて、ベッドに仰向けでおく。
笹美さんが少し照れたようすで「き、急にやるときは声をかけてくださいよぉ」
「説明不足だったのは僕の失態です。なので、筋肉痛を治すため体にしっかりと教えたいのですが構いませんか?」
「か、体に教えるっていったい……って、また騙されるところでした」
笹見さんは自問自答しながら、余裕たっぷりの笑みで、こちらを見据えた。
僕は笹美さんの瞳を見ながら、誠実に伝えた。
「服を脱いでください」
「はい、わかりました……ん? も、もう一度いってもらっていいですか?」
「服を脱いでください」
「聞き間違いじゃなかったですっ⁉」
笹美さんが動揺したように体を震えさせた。
僕は話を続ける。
「筋肉痛をやわらげるにはアイシングをします。アイシングは筋肉を冷やすことで、そのため、お風呂を使いたいんですが、よろしいですか?」
「お、お風呂ですかっ? 別に大丈夫ですけど……まさか、アイシングとかいうやつをやるから、服を脱いでと言ったんですか……?」
「そうですね。色々と補助をさせてもらうので、先に言わせてもらいました」
笹見さんは恥ずかしそうに顔を少しだけ背けた。
笹見さんから了承を得た僕は風呂場へ向かう。脱衣所にある洗濯機からランジェリーの下着が落ちていた。
風呂はシャワーで流して汚れを落とし、付属の蛇口から水を入れる。半分以上溜まったところで、水を止め、リビングから氷を数個持ってきて入れる。軽くかき混ぜ、背筋が反射的に伸びるくらいにする。
僕は寝室に戻り、笹美さんに話しかけた。
「それでは笹美さん、準備はよろしいですか?」
僕が笹美さんを抱きかかえると、脱衣所まで移動して下ろす。
「んぎゃっ……まだまだいけますぅ……!」
ぷるぷると震えながら動く笹美さん。ゆっくりとしすぎるせいで時間が止まっているかのように思った。ようやく笹美さんは服の袖を掴む。
「あ、あの……見ないでください」
笹見さんは恥ずかしそうにこちらを見た。
「見ないと補助がしづらいですが、それも考慮しております」
僕は首にかけていたタオルを持つと、頭に巻いて視界を閉じる。
足先の筋肉から力を入れていき、全身の感覚を研ぎ澄ませる。
筋肉の準備は出来た。
「これなら見えなくても補助はできます」
「でも、見えなかったら色々なところを触られる気が……」
「目が見えなくても筋肉で動くので大丈夫です」
「そ、そうなんですか……」
笹美さんから若干の不安を感じたので、僕はそっと手を伸ばした。
「あまり触れないようにしますね」
「は、い……っ」
流れるような手さばきで服を脱がしていく。チャックを開けて腕を抜き、パーカーを脱がす。ズボンに手を伸ばそうとして、もちっとしたやわらかいものに触れた。
「国緒さん、あのはいていないので……ふにゃっ」
筋肉の感触から、太ももに触れているのだろう。
「し、下着くらいはやります……」
カチッと金具が外れる音がして、パサッと布が落ちる音がした。僕の肩に手を置かれ、笹美さんに体重を預けられる。
しゅるりと布が掠れる音がして、笹美さんの手が肩から離れた。
笹見さんは恥ずかしそうな声色で言う。
「準備は完了ですっ……!」
どうやら笹美さんは全裸になったらしい。
僕は笹美さんを抱える。すべすべとした肌。触れているところがビクッと反応している。むにゅっとした二つの弾力が胸筋を押し返してくる。
目隠しをしているため、感覚が敏感になっている。
僕は深呼吸すると、風呂場の扉を開けた。






