ep.6
笹美さんは笑顔を浮かべながら、リビングにあるソファに座った。本棚から数冊の本を取り出し、読み始める。
僕が自宅から食材と調味料を持ってくる。笹美さんはすでにソファで寝ていた。僕は料理を開始する。
皮を処理しておいた鶏胸肉にフォークで穴を空け、料理酒と共に深皿に入れて、電子レンジでチンをする。つけあわせとしてきゅうりの千切りを用意しておく。
鍋でお湯を沸騰させ、卵とブロッコリーを入れる。ホウレン草とオレンジとバナナをフライパンで溶かす。
自宅から持ってきたタッパーに入っているご飯を温める。
残った食材は冷蔵庫に入れて、使い終わった料理器具を洗っていく。
料理の味を確認しながら、笹美さんの筋肉に適した栄養を調整していく。
「一六五センチで六〇キロ……必要な栄養と消費カロリーは……」
何度か会っているとある程度の身長は分かるし、抱えたときに体重は把握している。
体を触って筋肉量と体脂肪率は確認しているので、あとは計算して栄養を補管しておく。
キッチンに料理をする音が響くなか、笹美さんは心地よさそうな寝息をたてていた。
三〇分も経過しない内に、料理は完成した。
筋肉が栄養を吸収するのに適したゴールデンタイムには、まだ時間はある。
「笹美さん、昼食の準備が出来ましたよ」
「んんっ~……?」
笹美さんは目を擦りながら、ゆっくりと起き上がった。口に垂れた涎を拭き、こちらを見ている。少しずつ目が開いていき、顔が首まで真っ赤になっていく。
「あっ、あのっ、普段からこんなにだらしないわけじゃっ……」
「筋トレをした後ではかなりの疲労が溜まっているので、眠るのはとても良いことです。ですが、栄養補給も忘れてはいけません」
「そういえばとっても良い匂いが……」
笹美さんはたどたどしい足取りで、食卓の椅子に座る。
「おぉ~⁉ これが筋肉の料理、筋肉飯ですか~‼」
食卓に並んでいるのは全部で四品。
白米と玄米ともち麦の混ぜご飯。鳥胸肉の酒蒸しと胡瓜の棒棒鶏。ブロッコリーとゆで卵のノンオイルドレッシング和えサラダ。ホウレン草とミカンとバナナのスムージー風ゼリー。
僕は笹美さんの隣に座り、手を合わせた。
「「いただきます」」
笹美さんはぷるんとした鶏胸肉とみずみずしいきゅうりを箸で掴み、頬張る。
「お、おいひぃですっ⁉」
もぐもぐと食べながら、次々と料理に手を伸ばして、どれも美味しそうに食べていく。
あっという間に茶碗が空になり、笹美さんは茶碗を僕に差し出した。
「おかわりくだひゃい」
僕は笹美さんの空になった茶碗にご飯をよそう。
「ええ、たっぷりと食べてください。それとよく噛んで食べると、頬の筋肉が刺激されて、美容の効果がありますよ」
笹美さんの食べるスピードが少し遅くなった。僕は微笑を浮かべながら、箸を進める。
鶏胸肉は酒によって柔らかくなっており、キュウリと棒棒鶏のタレによって肉の臭さが消えている。ブロッコリーは歯ですんなりと噛み切れるくらいで、ゆで卵の中は半熟のとろっとろである。
鉄分とビタミンが豊富に入ったゼリーは、果物の甘さと野菜の苦さがバランスよく混ざっており、クセになる味だ。
僕は食事を進めながら、笹美さんと会話を交える。
「どうしてVtuberになろうと思ったんですか?」
「え~と……そ、その……ぼっちでおたくだったので、中学のときとか放課後が暇で……そしたらVtuberにハマっちゃって……」
「Vtuberになりたくなったんですね」
「そ、そんな感じです……く、国緒さんはどうしてトレーナーになろうとしたんですか?」
「生まれたときから筋肉が好きでしたので、それで生きていくにはトレーナーが一番かと。高校の頃からジムでバイトをしていたので、すんなりと今の仕事にはいけました」
「国緒さんも緊張したりしてたんですか?」
「そうですね……最初の頃は筋肉への欲望が抑えきれず、お客さんから涙目で懇願されることもありましたが……ちゃんと制御できるようになりました」
「ま、まだ制御できてないかもですよ……」
笹美さんから少しだけ怯えたような声色が聞こえた気がした。
僕と笹美さんは食べ進んで行き、食卓に並んだ皿が全て空になった。
「「ごちそうさまでした」」
笹美さんは満足そうに腹をさすりながら、
「とっても美味しかったです。ありがとうございます」
「こちらこそ栄養補給できたのでよかったです」
僕は一息つこうとして、壁にかかっていた時計が目に入った。
夕方からは仕事の時間である。
僕は席を立ち、笹美さんに告げた。
「この後、僕は仕事があるのでお暇させていただきますね。笹美さんも配信があると思うので、しっかりとケアをしてくださいね」
「配信は夜からなので、その準備をしますっ。それとケアって何をすればいいんですか?」
「お風呂に入ったあとにマッサージをして筋肉を癒したり、筋肉をアイシングしたりすればいいです。アイシングは冷やすことです」
「体を癒すのと冷やすのですね……はい、わかりましたっ!」
笹見さんは自信たっぷりの表情で、親指を立てた。
僕は少しだけ不安を抱きつつも、笹美さんに背中を押されて玄関まで歩いていく。
ストレッチに関しては筋トレのときに説明したし、冷凍庫にはアイシングをするための冷たい保冷剤も入れている。
「それでは笹美さん、また明日」
「はい、また明日ですっ‼」
……翌朝。僕は隣の部屋から聞こえてきた音で目を覚ました。