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eo.13


 四つ這いになり、深く息を吸い込む笹美さん。彼女は汗で湿っている髪をかきあげ、僕が持っている、新たな筋トレが記されたカンペを見た。


 笹美さんは途切れながら言葉を紡ぐ。


「つぎは腹筋、ですっ」


 腹筋。お腹周りの筋肉を鍛えるトレーニングで、部位によって効果的な方法が違う。


 また、プランクをした後の腹筋はかなり効く。どの腹筋をするにしても軸である体幹は刺激されるため、どの腹筋であろうと悶絶は必須だ。


 笹美さんは僕が渡したペットボトルの水を飲み、タオルで軽く汗を拭いて、ふぅと息を吐いた。呼吸が整ったようでカンペを見ながら筋トレの説明をはじめる。


「まずは普通のやつからやっていきます。体力測定とかでやるやつですね。三〇回くらいを目安に頑張りましょうっ」


 笹美さんは三角座りすると、そのまま上半身を下げた。

 僕は正座をして笹美さんの足を両手で押さえる。配信画面には僕は映っていないため、アバターが座っているだけに見える。


「それではいきます。い~ちっ……」


 笹美さんは起き上がるようにして上半身を曲げる。顔が膝の近くまでくると、再び上半身を寝転ぶように下ろした。


「に、に~いっ……」


 プランクの影響が効いているのか、笹美さんはすでにキツそうだった。僕は笹美さんの腹筋に触れると、笹美さんの口から可愛らしい声が漏れる。


 腹筋はいくつもの部位によって構成されているが、その中でも人気なのは腹直筋というシックスパックに直で影響するものだ。


 笹美さんの腹直筋はぷるぷると震えており、すぅーと触れるたびに痙攣する。


 かなり限界が近いみたいだけど、前と違って笹美さんの表情には余裕が感じられた。

 笹美さんは苦悶の声を漏らしながらも、必死に回数をこなしていく。


「……さ、さんじゅう……っ」

「(笹美さん、まだいけますか?)」

「ま、まだ……まだ……っ」

「(その調子です。あと五回ぐらいです)」


 言葉だけでは伝わらないと思い、ジャスチャーを絡めて笹美さんに伝える。


 笹美さんが腹筋の回数を重ねていくたび、コメント欄は盛り上がっていた。規定の回数しかやらないと思っていたようで、驚きと称賛が隠せないらしい。


 笹美さんは全力を出し切ったようで、上半身を寝転ぶように下ろした。


 天井を見上げながら、酸素を吸い込む笹美さん。


「これで普通のやつは終わりです。次は……」


 僕がカンペを見せると、笹美さんは口を開いた。


「足を上げる腹筋です。腹斜筋はプランクのときにやったので割愛します。すでに筋肉が悲鳴をあげているので……」


 筋肉が悲鳴をあげているはずの笹美さん。彼女は切望するように、小さく呟いた。


「(もういいんじゃないですかぁ……?)」


 配信のプレッシャーや筋トレの疲れもあり、いつもよりもバてるのは早い。

 だからこそ、筋肉を鍛えるタイミングだ。


 僕は満面の笑みを浮かべながら、親指をグッと立てる。

 笹美さんの表情が強張り、そして半ば諦めと決心がついたように息を吐いた。


 仰向けで寝転び、そのまま足を九〇度まで上げる。僕は笹美さんの頭側に立ち、少しだけ足を開いておく。


 スケッチブックの向きに気を付けながら、寝転んでいる笹美さんにカンペを見せる。


「みなさんは、手はお尻の下とか、近くにあるものを掴んでください、ねっ」


 笹美さんは手を伸ばし、僕の足首を掴んだ。

 一生懸命に掴んでいるようで、爪までしっかりと食い込んでいる。


 笹美さんは息を荒げながら足をゆっくりと下ろしていく。マットにつくギリギリまで下ろすと、反動をつけて足を上げる。


「……ふっ……ふんっ……」

「(笹美さん、カンペを見てください)」

「あ、足をバタバタさせり、左右に開いたりすると、もっと効くのですぅ……」

「(その調子です)」


 疲労が溜まっているのにも関わらず、笹美さんは最後まで腹筋をやり遂げた。

 呼吸を整えた笹美さんは、最後の筋トレについてカンペを見ながら話しだす。


「さ、さいごは腕立てですっ……」


 腕立て。大胸筋や上腕三頭筋を鍛える筋トレで、胸や腕を大きくするのに重要である。


 笹美さんはうつ伏せになり、両手と足先だけで体を持ち上げた。


 プランクと似た姿勢だが、両腕を曲げるので鍛えたいところにピンポイントで負荷がかかる。


 僕は両足で笹美さんを挟むようにして立ち、前屈みになり、笹美さんのお腹に手を伸ばす。ピクッと反応する笹美さんの耳元で、僕は事情を説明する。


「ぐにゃっ……」

「(あとちょっとの辛抱です。頑張ってください)」

「だからっ……そこは、らめぇ……ですっ」

「(それは申し訳ないです)」


 笹美さんは声と筋肉を震えさせながら腕立てを始め、僕は笹美さんのお腹を引き上げるように補助をする。


 腕立ての補助をするときは胸を引き上げるようにするのがコツだが、お腹や腕でも同じくらいの補助ができる。


 手の位置を変えながら、鍛える胸の部位を少しずつ変化させていく。とうに限界は超えているはずの笹美さんだが、僕が教えたことをしっかりと意識しながら筋トレを続けている。


「じゅう……いちっ……」


 しかし、ラストまであとちょっとのところで、


「ぶひゃっ……⁉」


 笹美さんは体力が尽きたらしく、マットに倒れてしまった。

 筋トレが途中でつぶれるのは賛否両論あるものの、それは限界を超えた証とされている。


「(笹美さん、よく頑張りました)」


 僕は笹美さんに労いの言葉をかけるが、全く反応が無かった。配信ではアバターがうつ伏せの上体で固まっている。


 このままでは放送事故になると思った瞬間、笹美さんは顔をあげ、歯を食いしばりながら、体を持ち上げた。


「ま、だっ……終わって、ない……ですっ‼」


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