ep.12
笹美さんは普段よりも明るい口調で、画面に向かって手を振る。
チャット欄が「こんばんにちわ~」などの挨拶の言葉で流れていく。同じ人もが何度か連投しているようで、似たようなアイコンがチャット欄にずっといた。
「ヴァルギリ―所属の底辺Vtuberのささみです。ネタに迷走中なので色々なことに手を出しています。優しく見守ってください」
自虐的なネタを挟みながら、自己紹介をする笹美さん。彼女の十八番なのかチャット欄では楽しんでいる人が多いようだ。
笹美さんは笑いながら、マウスをカチカチッと操作し、
「そんなわたしが今日やる配信はこちらっ!」
ディスプレイの画面が切り替わる。
可愛らしいアバターの顔はそのままで、首から下がマッチョな男性の体になった。背後にはプロテインやダンベルなどマッチョにまつわる画像が貼られている。
笹美さんはマイクに顔を近づける。
「筋トレ配信です」
大人びた声。色気のある艶やかな音。
「最近、体が重くなった気がしますし、ダイエットしたかったので……暇な人は一緒にやりましょう。暇じゃなくてもアーカイブ見てやりましょう。絶対、絶対に、絶対にですよ」
僕が笹美さんの声の切り替えに驚いていると、笹美さんがくるりとこちらを振り返り、どやっとした顔を浮かべた。
笹美さんは画面に顔を向ける。
「まあ、ニソテンドウのフィットネスゲームの切り抜きがちょっとバズったので、もしかしたらいけるかもと思ったのは内緒です」
チャット欄では面白がっているコメントが多く、同接数が少しだけ上がっている。
笹美さんはアバターを元に戻し、背景を真っ白な空間にした。
「まず最初の筋トレは……」
僕はスケッチブックにペンを走らせ、笹美さんに見せる。
「プランク、からやっていきます」
プランク。体幹を鍛える筋トレで、くびれたり腹筋を割ったりするのに大事である。
前腕と肘とつま先を地面につけて、背筋を伸ばした一直線の姿勢を、キープするのが基本の形で、色々と応用がある。
笹美さんはゲーミングチェアから立ち上がり、マットの上に移動する。僕は笹美さんの横に移動して準備をする。
アバターは笹美さんと同じように動いており、白い床に座っている。
僕はスケッチブックに簡単なイラストを描き、大事にするポイントを書く。そのカンぺを笹美さんに見せると、笹美さんは動きながら説明を始めた。
「え~と、まずは腕と足を床につけます」
笹美さんは床に腕と足をつける。
「次に腹筋に力を込めて、背筋をグイッと伸ばします」
笹美さんの曲がっていた背中が真っすぐになり、頭から足先まで一直線になる。
僕は笹美さんの背中とお腹に手を伸ばし、筋肉に力が入っているか確認する。
「んんっ……ふぐっ……」
柔らかなお腹の下にある筋肉にはしっかりと力が入っており、特に腹筋の体幹は硬くなっている。
背中の軸はブレることなく、尻と胸も揺れていない。
笹美さんは苦悶な表情を浮かべながら、マイクに向かって声を出す。
「そ、それじゃあっ、皆でカウントしていくよっ……い~ち、に~い……」
笹美さんが時間を数えるのと同時に、僕はスマホのタイマーを起動し、笹美さんの近くに置く。
僕は笹美さんの脇腹をチョンッと触ると、笹美さんがビクッと反応した。
「(ひゃにっ⁉)」
配信に音が乗らないように、僕は笹美さんの耳に声を近づける。
「(もう少し呼吸を意識してください。筋肉に力を入れながら酸素を循環させるイメージです)」
「(な、にゃんて……っ?)」
耳を赤くしながら、もう一度聞いてくる笹美さん。
「(呼吸を意識です。それとファイトです)」
「あ、あとちょっと……頑張る、ぞっ……」
笹美さんは苦しそうに息を漏らしながら体勢を整えた。
タイマーが残り一〇秒くらいになったので、僕は次の筋トレをカンペで説明する。笹美さんの前に正座し、カンペを見せる。
笹美さんは顔を上げて、カンペの内容を読み上げた。
「つ、次は片手と片足を一つずつあげていきます。バランスを崩さないようにねっ!」
笹美さんは右手をあげた。一瞬、体のバランスを崩しそうになり、僕が慌てて脇腹を両手で支える。ふにゃっとしたやわらかいものに触れた。
「(ひにゃっ⁉)」
「(すみません。ですが、この姿勢をキープしてください。手を離せないので)」
嬌声を漏らした笹美さんの耳元で、僕は姿勢を意識するように促す。
すぐに笹美さんは感覚を掴んだようで、僕は笹美さんから手を離した。
配信を確認すると、アバターだけがプランクをしている。
チャット欄では、一緒に筋トレをしている人もいたり、一緒にタイマーのカウントをしている人もいたり、あとは笹美さんの声で盛り上がっている人もいた。
同接数やコメント数も増えており、先程よりも勢いよくチャット欄が流れていく。
僕は次の筋トレについてカンペに書き、笹美さんに見せる。
「さ、最後のプランクは……お尻を左右に捻じって振ります。こ、腰を痛めないように脇腹と腹筋の横を……意識しますっ」
笹美さんのぷりっとしたお尻が左右に揺れる。僕は笹美さんの腹筋の横の筋肉である腹斜筋を指で押して、そこの筋肉に意識するように促す。
すると笹美さんは腰だけでなく、しっかりと腹斜筋に力を込めながら、お尻を左右に捻りだした。
何度か膝をついたりしているとはいえ、同じような姿勢で筋トレをしているから、かなりキツイはず。
笹美さんの体から汗が滴り、敷いてあるマットに落ちていく。
スマホのタイマーの音が鳴り、笹美さんは息を切らしながら声を出した。
「これで……終わり、ですぅ……‼」




