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氷壁

 雪原の向こうから、風の国の旗をかかげた騎馬の部隊が、白い煙をあげて迫ってくる。


 砦の西側、雪の国の領土が広がる方角だった。


 かすかに期待していた誤報の可能性も、これでかき消えた。本当に敵は、砦の後方に周りこんでいたのである。


「結局、俺は奴の掌の上で踊っていただけか……」


 口中に苦いものが広がる。凍えそうなほど冷たい大気の中にあって、怒りと屈辱で血が沸騰しそうだ。ナギの姿はまだ距離があって確認できないが、その高笑いが聞こえてくる気さえした。


 氷の城壁はナギの襲来を予測したヒョウがたどり着いた、必勝の策のはずだった。あれがある限り、風の国の軍が砦を突破することは不可能だと信じた。


 現に、あのナギといえども氷の城壁そのものを攻略することは叶わなかった。戦場ではヒョウが勝利したと言っていい。だがナギは凍りついた内海を騎馬で踏破するという、無謀とも思える奇策を実行することで、氷の城壁の存在意義そのものを消滅させてしまったのである。


 今考えれば、八日もの間意地になったかのように単調な攻撃を繰り返していたことも、こちらを欺くための擬態だったのだ。敵軍が氷の城壁を落とすことに固執していると錯覚させられ、逆にこちらの意識が砦正面に釘付けにされてしまった。風の国の軍は、必ず正面から迫ってくるものだとしらず擦りこまれていた。


 そうした錯誤を砦の将兵に植えつけておいて、吹雪が到来するや、ナギの兵は視界が閉ざされた中で雪人形による擬兵(ぎへい)とすり替わると、悠々と北へ転身し氷の内海を踏破したわけである。


 負けた。


 完敗である。


 心血を注いだヒョウの戦術を、ナギは更に上回る戦略を用いて飲みこんでしまった。


 幼年学校時代の雪辱は果たせなかった。ヒョウがナギの性格をよく知っているように、ナギもヒョウという男を熟知していた。執念深く、そのくせ綺麗に勝とうとし過ぎる貴族的性格を。


 氷の城壁の存在までは予測できなかったにしても、自分が寡兵(かへい)で強襲の構えを見せるや必ず何らかの方法で正面の防御を即座に固め、援軍を待つ手に出ると読んでいたのだ。おそらく自国領を進発した時から、ナギの胸中ではすでにこの戦いの絵図が出来上がっていたに違いない。


 迫りくる風の軍と雪の軍の間には……いや、両軍の主将たるナギとヒョウの間には、氷の壁がそびえていた。


 物理的な壁ではない。それよりもさらに分厚く冷たい、才能の壁だ。


 名将と愚将、天才と凡才、神に選ばれた者と選ばれなかった者――眼に見えないその壁は、だが両者を決定的なまでに分け隔てていた。


 いつの間にか天候は再び荒れ、雪のつぶてが容赦なく人間どもに吹きつけていた。その雪に紛れるように、敵軍から矢がまばらに飛来してくる。すでに騎射の射程範囲にまで、敵は接近してきていた。


 こちらも弓で応戦するよう、ヒョウが命令を発しようとした時――荒天を裂いて飛来した一本の矢が、ヒョウの胸を貫いた。


 鎧の継ぎ目を縫うようにして、深々と内臓まで突き刺さった。


 「ぐっ……!」


 焼けるような痛みが、胸の一点に広がる。


 開戦早々、闇雲に放たれた矢に主将が倒れるなど、不運としか言いようがない。これが神に選ばれなかった者の宿命なのか――落馬しながらそう呟いたつもりだったが、果たして声になったかどうか。


「やはり冬はきらいだ……」


 混濁する意識の中、それがヒョウが思い浮かべた最期の言葉となった。




 北方歴563年冬、風の国を手中におさめた後の”烈風帝”ナギ一世は、隣国雪の国への侵攻を開始した。


 手始めに国境沿いの砦を早々に落とすと、その余勢を駆り自軍の十倍の兵力を誇る雪の国本軍をも撃滅、一気に首都を制圧した。


 これにより大陸制覇に乗り出すための地盤を、確固たるものとしたのである。


 なお余談だが、国境の砦を攻略する際にナギ一世が用いた氷上作戦――凍りついた内海を騎馬で踏破したという勇壮な逸話は人々の間で広く膾炙(かいしゃ)し、熱狂的に受け入れられ、後世多くの叙事詩や戯曲の題材となった。


 それらの物語の中では、砦の守備を任されていた雪の国のヒョウ将軍が、戦の天才たるナギ一世の策にしてやられるいわば”ひき立て役”として、必ずと言っていいほど登場する。


 敗北し悔しがるヒョウの様子が大げさかつ滑稽(こっけい)に描かれるほど、聴衆は喝采を送ったと伝えられる。


 ために国境沿いの砦で陣没した一将軍の名は、今でも大陸中の人々にそこそこ記憶されているのである。



(了)

(※ノベルアッププラスに投稿した際に付したあとがきをそのまま再掲しております。)


【あとがきという名のいいわけ】


「私が冬を嫌いな理由」というテーマを拝見して、真っ先に思い出したのがなぜか「ナポレオンは幼年学校時代に雪合戦で無双した」というエピソードでした(いや、本当に何で!?)。


 そこからイメージを膨らませ、私の作中でも1,2を争う悲惨な主人公、ヒョウ将軍が誕生したわけです(笑)。ナギのモデルはいうまでもなくナポさん。


 今回最大の障壁は文字数でした。今回のフェアは何せ1万字以内に収めねばならないので、その文字数で一から異世界戦記ものを立ち上げねばなりません。この点はもう書く前から泣きそうでした。「無理ゲーやんそんなん!」、と。


 苦肉の策で名称はできるだけ短めにしました。国名も私の中二センスにしたがって「ノースドユグドラシルうんたらかんたら」なんて長ったらしいもんつけてたらそれだけで文字数詰みます。雪の国、風の国(ついでに霧の国)、これでOK! 三文字でも多すぎるくらいでしたが、抽象的な感じでちょっとファンタジー感増せたかなと。


 キャラ名もヒョウ、ナギの二人だけ。和名っぽいけどどこか無国籍な響き、ほとんど『〇斗の拳』のノリですね。


 智将2人の読み合いを表現したかったのですが、文字数制限に加えて著者の軍事・歴史知識が乏しい恨みで、ツッコミどころ満載の内容になってしまったのは自覚しております。「軍事学的にこれおかしくね?」「こいつら本当に頭良いの?」なんてことはしばしお忘れください。あまり細かいことは考えない方が楽しめます、多分。


 何とか文字数内に収められたのが、せめてもでしょうか。あと才能の壁を氷壁に例えて無理やりタイトル回収しようとする姑息さが、いかにも私っぽくて割と満足です(笑)


 長々と言い訳を連ねてしまいましたが、ここまでお読みくださった皆様には心より感謝申し上げます。


 荒削りな作品ですが、少しでも楽しんでいただけたならこれに勝る喜びはありません。

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