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其の六


 ところ変わりまして、「萩原新三郎はぎわらしんざぶろう」のお屋敷でございます。

この萩原新三郎、絶世の美男子だったようで、そのお姿は「例えようもない」と言われていたそうでございます。

ですので、皆様の中の絶世の美男子を想像していただければと存じます。


 新三郎の父親は経済観念がしっかりされた方だったようで、新三郎は父から譲り受けた長屋の家賃収入だけで食べていけたそうでございます。

というわけで、朝から何もせず、大好きな読書をするなど日がな自由に生きていたそうでございます。


 そんな新三郎の元に、「山本志丈やまもとしじょう」という医者が訪ねて参ります。

医者と申しましてもこの男、半分はいわゆる「お太鼓持ち」のような医者でございまして、非常に調子ものだったそうです。

山本志丈の提案で梅見に行くことになった新三郎。帰り道に、

「ちょっと寄って行きたい場所がある」と志丈に言われついていった先は、お江戸にある飯島家の立派なお屋敷だったそうでございます。


 出て参りましたのは、「おおよね」さんという乳母さんでございます。歳のころ30ほどの、実に品のいい美熟女であったそうです。

そして、その奥から出てきた人物こそ、「お露」さん。

歳のころ16の絶世の美女、その場に現れただけで部屋中の空気が変わった、と評されたそうでございます。

お露、お米の経緯は多少複雑にございます。

お露の母親は、産後の肥立ちが悪く、出産後すぐに、息を引き取られたそうでございます。

父親の名は「飯島平左衛門。」それはそれは立派な侍だそうでございます。


 山本志丈が新三郎に合わせたかったのはこのお露さんでございました。

美男美女、お互い、一目惚れだったそうにございます。


それからというもの萩原新三郎、明けても暮れても、「お露さんに会いたい」と、お露のことばかり考えてしまうようになりました。

ここも、現代を生きる皆様におかれましては、

「会いたいなら会いに行けよ」とお思いになるところ、と思われますが、当時は引き合わせてくれた人物(この場合は山本志丈)を差し置いて、

勝手に会いに行くのは最悪な野暮であるとされていたそうでございます。


 なので萩原新三郎は、山本志丈を待ち続ける日々でございました。

でずが来る日も来る日も、山本志丈はこず、いたずらに月日のみ過ぎてゆくのでございました。


1年ほど経った頃でございましょうか。山本志丈が萩原新三郎の元に、ついに訪ねてまいります。

新三郎は気が気ではありません。

「すぐに身支度を済ませます! 待っていてください!」

と、新三郎。しかし、志丈は支度などせんでいいと諌めます。

この後、志丈から告げられたのは、非常な現実でした。


「お露さんね……亡くなったよ」


なんでもお露さんは、新三郎に会いたい、新三郎に会いたい、と何度も繰り返しては食も細くなっていったそうでございまして。

衰弱し、亡くなったそうでございます。

そしてお米さんも、後を追うように息を引き取ったそうでございます。


新三郎は悲しみに暮れました。どのような感情でしょうな。後悔でしょうか、絶望でしょうか。察するに余ります。



 ある、月夜の晩にございます。新三郎は浴衣に着替え、縁側に出て、ぼんやりと月を眺め、

その月さえもお露さんに見えてしまう。我ながら女々しいな……と感傷に浸っておりました。

清水の向こうから……カラン……コロン……

下駄の音が鳴り響いております。

そしていつの間にやら、目の前に二人の美しい女性が立っておりました。

上品な女性は手に牡丹の灯籠を下げ、若い女性は立派な着物に髪を文金の高島田に結いておりました。


「新三郎様……」


「……お米さん……それに!!」


「お嬢様……新三郎様にございます。いかがなされました?

 新三郎様は亡くなったと、山本先生から伺いました」


「はて?私にはお二人が亡くなったと……」


「あの男は適当な事しか申しませぬ。お露様は初めて貴方様にあった時から『再びお会いしたい』と食事もおぼつかなくなっておられました。

 お殿様からは『男を作らないから其のようになるのだ。男を作れ』と見合い話をもらいになったのですが、新三郎様以外は考えられない。

 もし他の男と婚約するようなことになるなら仏門に入るとおっしゃります。お止めするのが大変でございました。

 お殿様はお怒りになり、わたしたちを屋敷から追い出しまして、今は私たちは『さんさき村』と言うところに住んでおります。

 夜も老けてしまいましたので、今晩はお泊めいただくことは叶いますか……?」


「もちろんにございます!!」


 萩原新三郎の長屋に、「白翁堂勇斎はくおうどうゆうさい」と言う、天眼鏡一つで相手の過去未来全てを言い当てる見事な人相見がおりました。

実力は相当のものなのでしょうが、こういった方ほど変わってらっしゃるのは江戸の頃からそうだったのでしょう。大通りには店を構えず長屋にて暮らしておりました。


 その晩、勇斎は新三郎の部屋に灯りが灯っているのが気になりました。


「まあ色男だし、女の一人や二人いてもおかしくないが……それにしても妙な時間に訪問しているな。どれ、ここは一つ失礼して……」


勇斎は新三郎の部屋を覗き見ました。


部屋の中には、新三郎と固く抱き合っている美しい女性。その二人を、優しく団扇で仰いでいる女性の姿がありました。

しかし、どこが変です。


女性たちの、体が透き通っており、見えないはずの奥の柱が透けて見えてしまっている。

ようく見ると、二人の女性は、骨と皮だけ。とどのつまり骸骨……




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