其の十八
『山と山とは会わぬもの、人と人とは出会うもの』と言う言葉がございます。
離れていても、求め合うどうしは引き寄せ合う。もしくは、人は引き合わせられるべくして人と出会うのやもしれません。
孝介が白翁堂勇斎の店に辿り着いた時、すでに勇斎には先客がおりました。
その女性は切羽詰まった孝介を見て、「お先にどうぞ」と順番を譲ってくれたのでありました。
その女性こそが、孝介が4才の時に生き別れた母、「おりえ」でありました。
「おりえ」も勇斎に、息子と再会できるか、占ってもらいに来ていたのでございます。
再会を果たした母と、子。
二人が果たしてどのような会話をするのか、私の想像の範疇を超える所でございます……。
おりえが孝介の父、黒川孝蔵と離縁したのちに、実家のある宇都宮で再婚したのは、「樋口屋五兵衛」と言う方でございました。
今は、病でお亡くなりになったそうです。
五兵衛氏も先妻を病で失っておりまして、おりえと再婚した時には子供が二人おりました。
一人は「五郎三郎」
もう一人は……
「お国」でございます。
このお国と言う女は根からの性悪でして、見てくればかりは美しいものの、息をするように嘘をつく。
「江戸で性根を叩き直してもらえ」と五兵衛氏に半ば追い出される形で宇都宮を出たそうなのでございます。
飯島家に預けていたはずがつい先日、宇都宮の家に、足を引きずった男と出戻ってきたとのことでございます。
全てを孝介から聞いたおりえは、「わかりました……」とだ告げて、孝介を仇の元、つまりお国のところへ孝介を案内するのでございました。
宇都宮にて、
別れの挨拶を済ませるので、先に行かせてほしいとおりえは孝介に哀願します。
承諾する孝介。
「お帰りなさいまし お母様」
いけしゃあしゃあとお国が出迎えて参りました。
「……江戸で噂話を聞きました」
「あら、どんな噂ばなしですか?」
「お前、殿様を殺めたそうですね」
……みるみるお国の顔色が変わります
「嫌ですわお母様。そんな根も葉もない噂をどちらで聞いてきたのです?」
「相川孝介と言う方から聞きましたが」
「相川孝介! お母様そのような男の話を信用されるのですか!? そ奴は江戸では詐欺師で通ってますのに……」
「そうなのですか?」
「もう江戸では孝介と書いて『うそつき』と呼ぶそうですわ」
「……『うそつき』ですか。孝介はね……江戸で私がお腹を痛めて産んだ子です……」
…… ……
ああ、終わった。とお国は思ったでしょうな。
しかし、この後おりえから告げられるのは衝撃の一言でございました。
「お逃げなさい」
「は?」
「表で孝介と五郎三郎を待たせております。裏からお逃げなさい。いいから!行きなさい!」