其の十四
「貴様! 何を無い事無い事!!」
突然の事象に伴蔵は混乱します。
それを宥める山本志丈……
山本志丈の提案は、この使用人にお金を持たせ、田舎で療養させよとのことでした。
「冗談じゃない! 向こうでも今みたいに無い事無い事言われたら!」
「マアマア落ち着きなさい。私の経験上ね。こういった症状の方は所謂、憂うつ病だよ。
仕事から離れたらちゃんと治るから。信じなさい」
そして使用人、おますにお金を持たせ田舎に帰す伴蔵でございました。
それから二日とたたない間に、
今度は違う使用人、「文助」が夏風邪を患いました。
再び宿から山本志丈を呼び出す伴蔵。
「ウーン……、ウーン…」
山本志丈が文助の寝ている布団をめくろうとした時、
再び、なんの前触れもなく
ガバ!!!!
……と起き上がり、目を見開いて……
「新三郎を殺して! 金無垢の開運如来の銅像を盗んだのは伴蔵!! お前だ!!!」
おますと全く同じ文言を繰り返すのでございました。
志丈はやはり「憂うつ病」と診断し、伴蔵は文助にも金を持たせて田舎に帰しました。
「なんだか、宿にいるよりここにいた方が話が早そうだね」
と、山本志丈は伴蔵の家に上がり込みました。
志丈の予想は当たり、毎夜、毎夜、違う使用人が熱を出して寝込んでは……
「新三郎を殺して! 金無垢の開運如来の銅像を盗んだのは伴蔵!! お前だ!!!」
全く同じ文言を繰り返すのでございます。その度に伴蔵は使用人に金を持たせて田舎に帰していきました。
同じ景色が1週間、2週間と続き、ついにはお店に伴蔵と山本志丈しか居なくなってしまいました。
「伴蔵さん……今夜は、どちらが憂うつ病を発症するかね」
「よしてください」
「……新三郎を殺して! 金無垢の開運如来の銅像を盗んだのは伴蔵!!」
「先生!?」
「ははは。冗談冗談……さて、伴蔵さん。
そろそろ本当のこと、話しませんか?」
「……」
そして観念した伴蔵は、山本志丈にこれまでの経緯を話すのでした。
目の前に現れた女の幽霊に見込まれたこと。
おみねと、二人で考えて幽霊から百両もらい、新三郎の部屋の「しまり」からお札を剥がした事。
江戸を離れてこの地で商売を始たら、いつの間にかおみねの中で新三郎を殺した全責任を自分に押し付けられた事。
生涯おみねから、ゆすられるんじゃないかと安じた伴蔵が……おみねを江戸の土手で殺した事。
全てを話し終えますと目を閉じて聞いていた山本志丈は、
「よ!! 悪党!! ……イヤイヤ、褒めてるんだよこれは。
私はね、『悪党ぶる』とか『悪党がる』輩は大嫌いだ。
でも伴蔵さんあんたは違う。本物の悪党だ。
このことは誰にも言わないよ。その代わり……口止め料は欲しいね」
がめつい医者だなぁと伴蔵は志丈に幾らか包みました。
すっかり気を良くした志丈は、この陰気臭い空気をなんとかしようよ! と、伴蔵を飲みに誘います。
向かったのは伴蔵が贔屓にしている「お国」のいる笹屋。
「いらっしゃいまし伴蔵さん。あら、今日はお一人じゃないのですね」
などと「お国」が二人を出迎えます。
するとお国を見た志丈は……
「お国さん……だよね!? 平左衛門さんとこのお国さんだよね!?
覚えてますか? ……山本志丈でございます」
志丈は、お国の事を知ってるようでございます。
せっかく本人が覚えてますか?と言っているので、忘れてしまった方のために。
山本志丈は、新三郎とお露を引き合わせるために、飯島家に寄ったのでしたね。
そしてお国は、飯島平左衛門の側室でございましたね。
「イヤー!! 奇遇だね! こんなところで会うなんてね!
あんたすごいね! やっちゃったね! えー? 『殿様殺しちゃった』ね!
源次郎さんは? 確か一緒に逃げたんだったね! ……そうか! 平左衛門さんに足切られて表に出てこれないんだ!!」
突然現れた山本志丈にお国自身の身の上話を聞かされて、慌ててお国は奥に引っ込みます。
伴蔵は今の話がなんのことか、当然わかりません。
そこで志丈は……
「伴蔵さん。あんた、あの女がどんな女か知ってて付き合ってるんです?
忠告しとくがね、あれはとんでもない女だよ。自分の家の殿様殺して、江戸中の人間があの女を追ってる。
中でも相川孝介って忠義な男が血眼になって探してるって聞くよ。
こんな店さっさと出よう。この後の話はだいたい見える。
この後、お国の旦那の、『宮野辺源次郎』ってのが出てくるよ。
おそらく怪我をしているが、鯛は腐っても鯛、武士は腐っても武士だ。
刀に物を言わせてあんたから金を揺すってくるよ」