魔女とメリーさん(中)
「私に、この【魔女】に、助けを求めるというのは、どういうことか分かっていますね?」
そう言った美夜先輩の瞳は、僕と話している時とはかけ離れた、すべてに対して平等な、あるいは、すべてが無価値であると、冷たく温かいものだった。
※
美夜先輩からの忠告をみんなに送信すると、すぐに了解した旨の返事が届いた。
潤以外からは。
その潤から「メリーさんを呼び出す儀式に参加した」とメッセージが届いたのは、寮に帰って着替え終わった時だった。
すぐに潤に何も起きていないか、確認のメッセージを送る。
すると、電話がかかってきた。潤からだ。
「もしもし?潤?大丈夫?メッセージ見てない?」
「麗!凄いよ!私は何も感じなかったけど、友達は何かが後ろにいる気配がしたんだって!」
開口一番、興奮した潤の声が僕の耳に届く。
その内容に僕は危機感を覚えた。
「……それ、話はできたの?」
「ううん、出来なかった。気づいたら通話が終わっちゃっててさあ」
「……僕からのメッセージは?」
「ん?まだ見てないよ?何かあったの?」
遅かった……。
「メリーさんの儀式はしないでって送ったんだ……。美夜先輩がそう伝えた方がいいって……」
「まさか……」
その言葉に、潤は言葉を失った。
僕たちにとって、それほどまでに【魔女】からの言葉は重いのだ。
「念のため、一人では帰らないで。また明日、詳しく教えて」
「……わかった。純に迎えに来てもらう」
「うん」
「それじゃあ、明日ね」
「また明日」
潤からの電話が切れる。
博己と晟一に、潤が儀式に参加したこと、明日は必ず文芸部に来ることとメッセージを送る。
二人から分かったと返信が来た。
もう少し早く伝えれいれば。いや、潤が儀式に参加するなんてわかるわけがない。
後悔と言い訳が浮かんでは消えていく。
コンコン。
ノックされたドアを開ける。そこには博己がいた。
部屋に招き入れる。
「大丈夫か?」
僕のことではない。潤のことだ。
「わからない。でも、美夜先輩は、『無事ではすまない』って言ってた」
「……そうか」
「せっかく、やらないでって教えてもらったのにね……」
少し自虐的になってしまった。
僕だけじゃなく、文芸部のみんなまで心配してくれるのは、珍しかったのに。
その優しさを無駄にしてしまったような気がして、泣きたくなってくる。
「麗のせいじゃない」
博己の励ましが、更に胸を締め付ける。
「……ありがとう」
「いや。とりあえず、明日詳しい話を聞いてからだな」
「そうだね」
「じゃあ、また」
そう言って博己は、自室に戻って行った。
僕は、気が落ちたまま、ベッドに横になる。
※
翌日。
事態は一変した。
潤から、儀式に参加した友人の一人が行方不明になったかもしれない、とメッセージが届いたのだ。
僕はみんなに、すぐ文芸部に集まるよう連絡した。
博己と合流し、文芸部へ行くと、すでに他の3人は来ていた。
「麗!どうしよう!美幸ちゃんがいなくなっちゃったの!」
セージュンに手を握られていた潤は、僕に駆け寄って、涙を流しながら助けを求めてきた。
「落ち着いて。まずは昨日の話を聞かせて。ゆっくりでいいから」
宥めながら、席に座らせる。
「……昨日、休み時間に儀式の話になってね。そうしたら、友達の一人が放課後にやってみようって言い出したの。特に準備するものもないから、すぐにできるよねって。みんな儀式のことは知っていたから、それならって感じで。放課後になって、教室には私たちだけになった。早速、背中を向けて輪になって、グループ通話をしたの。そして、みんなで『メリーさん、私はここよ』って唱えた。でも、誰の話し声も聞こえなくて、そのまま通話が切れて、おしまいだねってなった。でも……」
「でも?」
「儀式をやろうって言いだした友達が、美幸ちゃんが、後ろに誰かいた気がするって言い出して。私たち、興奮しちゃって。その時だよ。麗から電話があったの」
なろほど。儀式の直後だったから、あんなにテンションが高かったのか。
「……それで、その美幸ちゃんって子がいなくなったっていうのは?」
潤の肩が震える。セージュンが肩に手をやり、大丈夫だからと言い聞かせる。
「……あの後、魔女先輩からのメッセージをみんなに伝えたの。3人はそこまで重く受けとってないみたいだった。でも、美幸ちゃんが泣いちゃって。後ろに誰かいたの、なんで私だけって。みんなで大丈夫だよって言ったんだけど、それでも泣き止まなくなって。最後は、振り切るように帰っちゃった。心配だったんだけど、明日になって落ち着くまで待とうってなったの。私も、それに頷いちゃって。明日になったら、一緒に文芸部に行こうって言うつもりだった。それで今日の朝、寮に行って、美幸ちゃんの部屋をノックしたら、出てこなくて。電話したら、中から着信音がしたの。最初は眠ってて気づいてないのかなって思ったんだけど、全然出てこなくて。ドアを強くたたいて、名前を呼んでも出てこなくて。隣の子が異変に気が付いて出てきて、美幸ちゃんの様子がおかしいって話したら、寮母さんを呼んできてくれて。寮母さんに鍵を開けてもらったの。……いなかったの!どこにも!寮母さんは、無断で外泊してるって思ってるみたいだったけど、違う!きっと、連れていかれたんだよ!」
そう言って泣いてしまった潤を、セージュンが抱きしめる。
誰も、何も言わなかった。
泣き声が小さくなった頃、博己が潤へ疑問を投げかけた。
「その生徒の端末は、今、どこにある?」
「……まだ、美幸ちゃんの部屋にあると思う」
鼻をすすりながら答える潤が、答える。
「履歴か?」
晟一が博己に尋ねる。
「そうだ。それを確認したい。今から行けるか?」
「……行ける」
セージュンに支えられながらも、力を振り絞り、立ち上がる。
僕も行こうと立ち上がる。が、博己に止められてしまった。
「麗。このことを、魔女先輩に話しててくれないか」
そうだ。ここまでの事態になったのだ。
美夜先輩には話さなければならない。
「わかった」
「頼んだ」
僕はすぐに、美夜先輩のいる図書館へ走る。
※
「……手遅れだったのね」
僕の様子を見た美夜先輩は、事態を把握し、悲しそうに顔を伏せた。
「……ごめん。せっかく、忠告してもらったのに」
美夜先輩を、そんな表情にしてしまって、僕も悲しくなる。
「麗ちゃんのせいではないわ。それで、何があったのか話してくれる?」
美夜先輩の隣に座り、潤から聞いた話を伝えた。
「そう」
美夜先輩からは、その一言しか出てこなかった。
僕の口から、話しながら考え付いてしまった一つの仮定が、こぼれる。
「……もしかして、僕からのメッセージが届いたから通話が終わってしまった?」
ああ。そうであれば、僕のせいだ。僕が潤を、その友人たちを危険にさらしたことになる。
僕が、また、巻き込んでしまった……。
手が震える。
呼吸が浅くなる。
心臓の鼓動が耳に鳴り響く。
自分の体から、何かが抜けていく。
「大丈夫、そうじゃないわ」
美夜先輩が、僕の震える手を握り、優しい言葉を紡ぐ。
「でも!」
「考えてみて。普通、メッセージが届いても、通知が来るだけ。それは、通話中も同じよ」
―――それでも。僕がみんなを巻き込んでいるのには、変わらない。
「俺もそう思う」
振り返る。
いつのまにか、後ろに博己が立っていた。
「どうして……」
「潤にも電話が来た」
そして、その言葉を受け入れられていない僕の向こうにいる美夜先輩の方を見る。
「……先輩」
「何かしら?」
「潤を救う方法を教えて下さい」
当然のように、美夜先輩がその方法を知っていると確信していた。
何故なら、美夜先輩は【魔女】なのだから。
「……文芸部へ行きましょう。そこで、話します。」
文芸部へ向かう途中、博己が僕と別れた後の話をした。
「履歴は、文字化けしたものが数件、連続で来ていた。その次は、潤が朝かけたものだった」
「文字化けはメリーさん?」
「そう考えるのが自然だ」
「……潤に電話が来たっていうのは」
「美幸という生徒の履歴を確認して、部室に戻る途中でかかってきた」
「……電話に出たの?」
「出たというより、出ないという選択肢を思いつかなかった。まるで、そうするのが当たり前だというように」
「すでに怪談の一部になりかけているわね」
「やはり、そうですか」
「今晩には、来てしまうでしょう」
猶予はなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。