happy end
Part3
1月1日07時09分、新宿駅徒歩18分にて
A:どうしたの、突然。
B:まるで写し鏡の世界線からようこそ!だな、と。鏡が100%、その実像を反射していることを証明できないように、この世界はあくまで主観を通してしか認識出来ません。主観は言葉です。我々は言葉無くしては何も考えられない。あなた様の話は大変具体的で、しかし、今、我々が認識しているこの冷たさや熱は確かに本物だと、我々は言葉を介在して共感していますが、果たして、我々が一秒前に作られた存在だと否定することはできません。
A:俺さ、タルコフスキーとか好きなのね。その中に鏡って映画があるんだけど、今さ、こうしているのは、まんまその映画のオマージュだと思ってる。
B:お聞きしても?
A:その映画はさ、ひとりの少年の一生なの。吃音の主人公が女医さんに暗示かけられて話ができるようになって、途中フラッシュバックとかして過去と現在が混ざり合って話が進んでいくのね。タイトルにあるように母と子供、父親とかと色々な対比が出てくるって、説明しにくいんだけど!まあ、そんな話。
B:別の世界で一生を過ごしたあなた様は、この世界にその記憶と経験を持ち込むことができましたが、その密度と精密さで、なかなか言葉にするという客観視ができなかった。そこに現れた通りすがりのくろねこにお腹くすぐられて去年一年を例えば比較する為に言葉にしてみてたら、意外と整理出来た?
A:うん。思ったよりこっちとあっちだと違ってた。起きた直後、目を刺す蛍光灯の光とさ、心臓からの音が最初に入力されて、それから扇風機の首振り音と風を感じて、最後に意味のわからない音が、テレビからなんだけど言葉になったの。それを理解したときの、身体に刺激の重圧が掛かったことがわかることに、ほっとした気持ちはなんて言うのかな。あのさ、死ぬことは当たり前なんだけど、あの男も理解していたし、だからこそ、あの男は、死の宣告という絶望から立ち上がって、突然の死でなかったことに感謝して、納得できる死に方を模索して、死んだ。その父親や親友がそうであったように、男らしく、順番を守った。だけどさ、あの男の痩せ我慢は、かっこいいし、そうありたいけど、もう一度、もし時間を貰えたら、愛する人たちと、一秒でも長く、言葉を交わし、キスして、ハグして笑い合って、綺麗な景色みて、美味しいご飯食べて、お酒飲んで、やりかけの仕事とか書ききれなかった五線譜や見たかった大きな仕事の結果とか、いっぱいあったんだ、後悔とか、切望。本当は嫌だった。死にたくなかった。ずっと、もっと、みんなといたかった!
B:なのに違う世界に来てしまった、と。やり直せる、ではなく、少しずれた世界線に放り出された、リアル異世界転生されたご気分如何です?
A:茶化すなよ、ピエロ。
B:今こそ茶化さないで何が道化でしょう?月が語る道化なら、何もせずともあなた様を笑わせて差し上げるのでしょうが、残念ながら、その辺のくろねこには、荷が重い。さて、あなた様が異世界転生されたのか、違う世界に来たのかは謎ですが、2030年になくなった時はおいくつで?
A:78だね。そうか、俺は今、35だから、もうズレているのか。
B:世界中の偶然が重なった結果があなた様だとすれば、多少のズレ、なんでしょうかね、推しが尊すぎて涙が止まりません。全く推してなかったけど、今から推しメンに昇格しましたは、音楽家様。少なくともあなた様から発生しているイケメンオーラはあなた様が本物のイケメンだと私に告げていますから、大丈夫です。
A:俺が再現された存在だとしたら?音楽は時間芸術、時間は常に一方向に流れている。現実は2030年で、あの男の夢で2025年をみているのだとしたら、複製された俺はいま、ここ、一回性が持つ、人を惹きつけるような、本質的なオーラはなく、君のいうイケメンではないんじゃないかな。
B:それは違います。一回しかない人生という名前のゲーム。リセットもセーブも出来ませんが、物理環境という背景と社会というルールがあるのはゲームと同じじゃありませんか?でも、みんなそんな虚構に夢中です。オーラのあるなしは本質の有無じゃなくて、受け取り手であるユーザーが本物だと、愛している、愛する対象だと思うかどうか。クリスマスの街角に流れるあなた様の音楽は、確かに、誰かの心を彩っていると、私がなんとなく断言しましょう!
A:どっちなの?なんか調子狂うね、君といると。あの男の目が覚めるまで、もう一度音を探しに行こうかな。俺、出かけるの嫌いだったんだけど、体調良ければ行きたい場所、あるんだよね。
B:ほっぺに両手を当ててムンクの叫びポーズとか、まさかかわいい!?これがイケメンパワーなの?推しになったからなのか、もうわからないわ!?まあ、繊細そうなピアノ弾いてるとか、権威っぽい、文化人のスターイメージはどこいったの?と私も言いたい。なんだかんだで、すっかり、夜が明けてしまいましたね。あ、ほら月、真っ白な満月が見えます?
A:今日は新月なんだって。だから、太陽が昇らないと逆に月は見られないんだよね。なんか、一年の始まりが新月ってなんか暗示的な気がしない?これからやるぞー!的な。
B:見えないはずの新月が、逆に太陽が昇ることで見えるようになるとか、一年の始まりで運尽きた感で、フラグ立ちまくり。
A:イケメンな俺に出会ったんだから、運はもうマイナスだったりして。
B:イケメンなのは事実なので、ツッコミませんよ?声掛けた時点で今年のイケメン遭遇率はほぼ0は覚悟しています。まあ、新しい推しが出来たことは大変素晴らしい。2025年1月1日7時14分。30分近くお付き合い頂いてしまったようで。申し訳ございません。ありがとうございました。
A:もうそんな時間?
B:はい。空き缶、頂きますね。飲み終わったの気が付いてはいたんですが、ついつい。優しさに甘えさせて頂きました。新しい年に相応しい、素敵なお話をありがとうございます。ごきげんよう、麗しき音楽家様。お身体だけは、どうぞ、お大事に。今年のご活躍も楽しみにしております。じゃあ。
新月が白く見えた場所にて、出会った2人。
あの男の夢には出てこなかった「第三者」。
『ガラン』空き缶を捨てた街角に伸びる影。
「じゃあ、寒いから、どっか入って、温かいもの、食べようか。」
【Let's get start, 2025】




