未音
【満月の夢】
「わあー、6月だぁ!」
世の中がなんだか騒ぎ始めた。幸福に毒された楽天家達は、ゴルゴダの丘を前のみ見つめながら歩く。登ってゆく坂の上の蒼空に浮かぶ苺月を掴もうと、それのみを見つめて手を伸ばす。
急勾配の坂を駆け上がる、目線の位置になったNの文字を、今はもう、その背中を追いかけることはできないけど。
20300621
音楽から科学的なものを取り除かないといけない。
言葉で表現できなくなったときに「音楽」が始まる。
「お加減は?」「まあまあです」
ノートを開いて五線譜に音符を書くことすら、億劫になっている。戯れに未来のメモを書いてみる。その日までぼくは生きているのだろうか?
差し入れに感謝して、ゆらゆらと揺れるコーヒーに手を伸ばす。
手のひらから溢れる水であるかのように我々が持っている生命は、多くを浪費するに過ぎない。
運命論は嫌いだが、自らこれを短くしていたのだと今更に気がつく。
ぼくは若い頃、お金が生み出す自由と女性がくれる温かさに目が眩んでしまった。幸い、ぼくには才能があり、それを活かせる環境が与えられた。そして、興味の赴くまま山を登るかのように作品を生み出してきた。
今となっては、その人生を後悔していない。いろいろな形となったけれど、ぼくの家族となってくれた人、ぼくの作品を愛してくれたファン。ぼくを支えてくれたスタッフや友人たち。ぼくを求めてくれたクライアント。
ぼくは、彼らがいなければ、作品たちを生み出すことができなかった。若い頃はそんなことすら分からず、心のどこかでぼくの音楽は受け入れられて当然だと思っていた。
還暦を超えて、大病も経験し、俗世の欲望を満たせない身体になることで、精神も清貧な状態になった。精神と身体が一致したことでようやく、自分が登るべき山の前にきた。いわば、長い螺旋を描いた道の先が現れた。
そして、ぼくは死ぬ。




