美貌の青空
【新月の夢】
ある夜はこんな夢を見た。
僕はピアノの椅子に座って、君はドラムに項垂れている。
君は言う。
もう死ぬから会えない、ごめんと言う。
僕は君の弱さを知っている。今度も生き直そう、2人で。また先輩に会いに行こう。まだ約束した音楽も描いてない。
「でも、本当に死ぬんだ。ちょっとだけ、病院とか、ひとりって寂しいな、少し」戯けたような黒い目に、泣いている僕が写っている。
「なら、俺を連れて行くか?」僕でよければ、一緒にいこう。そんな願いをお前は困ったように一蹴した。
「嫌だよ。僕が死んだらお墓にドラムスティックと釣り道具は入れてね。あと元気になったら、この帽子を墓前に置いて、みんなで写真撮って」
脂汗をかいたままに笑顔を見せるコイツは本当に死ぬのか、と思っていたが、死ぬのだとわかっていた。受け取った黒い麻布の帽子を、二度と離すかと握る。
「今度は僕からあなたに会うね。だからお気に入りの部屋で待っててよ」
僕はただ待っていると答えた。すると、黒い目のなかに鮮やかに見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。
「東から風が吹いたら会いに来るよ」
「遅い!」
「じゃあ100年後、それでいい?」
「嫌だ。嫌だ、そんなに待てない!」
静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、大きな黒い目がぱちりと閉じた。長い睫まつげの間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。
僕はそのままシャッポを抱いて病室を出た。
駅に着き、電車に乗り、川を渡り、タクシーに乗った。お気に入りの部屋で、僕は待たないといけない。
あいつがいないからか、病院の匂いか。犬もいない。誰もいない場所は、冷たい石の床と大きな窓から入る鋭い針葉樹の香りと光で満たされて、部屋の輪郭が薄れている。
そのまま床に大の字になってみる。
これから100年、待てるだろうか?
握りしめていた左手を解いて、帽子を胸に置く。深呼吸すれば、いつのまにか帽子の上で黒猫のちーちゃんがふみふみしていた。
「人待たせるとか、ほんとないよね」
すりすりとちーちゃんを撫でる。
「しばらく、寝よっか。」
20230111
なんの夢も見なかった。




