欲望の二重の致
☆あなたはパソコン片手に難しい顔で右手で黒のポーンを撫でている。それ、マウスじゃないし、ぬいぐるみでもない。難しい内容なのか、唇の右端が少し上がってきた、目の前に座るこの方は、その登場「前」と「後」で、時代が変わったほどの功績がある。さっきまで愛兎が病院を頑張った話を熱く語っていたが、僕の先生が認める実力者だ。
★ちらりと車窓から見える丘の背後では、背の低い乾いた青空に赤が混じり、夕闇が迫っています。ガラスに映る彼はどうやら、考え事をしている時には閉じられる唇が開いているので、無事にリラックスできたということでしょう。
急ぎという連絡が入り、開いたパソコンには今回の学会発表に関する学会長としての私への確認依頼がきています。
彼の論文は、単数/複数地点への輸送を単数/複数の意思で行うモデルフレームを作成するという、本来「モデル」という1対1で簡略化し定義するものに、複数の定義を設定する定石外な代物。
単なるモデルの複層化と違い、考慮すべき事項が指数関数的に増える反面、条件付けの自由さがあり、量子コンピュータによる総当たりという力技によらないシミュレーションが可能になります。
発表にあたり、彼の先生とはあまり付き合いがありませんが、わざわざご連絡まで頂きました。会長として、学会員を支援するのは普通ですし、まだ歳若い彼を見守るのも年長者の役割ですから、喜んでご一緒しました。この手の悪意の片付けは役員の仕事でしょう。
…だけど、太陽が窓から隠したそれを見つけ出そうとしても、暗闇に隠れてやり過ごせないかと小さな影は逃げ回る…
☆ 日本からわざわざメールが来たと、申し訳なさそうにパソコンを開いたあなたは、なんとなくどこか、難しい顔をしている。僕は気を遣わせないように本を開く。
『ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは』
明かりのない下は中身のある紺青に染まり、濃い橙が地面から侵食され、上は透き通るような紺色に星と月が輝いている。




