パッケージされた感謝
入口から学堂まで、道の両脇からサークル勧誘の呼び声と喜びの声で満ちる灰色の石畳を、俺は歩いていた。
あの日、シラバスを受け取り、早速、気になった授業を見に行った。そこで問われた「課題」。
◇◇◇202X年7月21日◇◇◇
「3年1組のみなさん
地域活動への参加、いつもありがとうございます!バスケット部の全国大会進出おめでとうございます!また僕たちの学校にもスポーツや勉強を教えに来てください!」
放課後のHRでそんな手紙が読み上げられた初夏のある日。
バスケット部員として北海道で開催されるインターハイに行く、前々日のにわか雨の中、俺は信号無視をした車の前に飛び出した。
スローモーションの視界の中で、小学生を突き飛ばし、暴走した車の進行方向からその子を追い出した。
代わりに、右足は全治4ヶ月。
到底、「夢」には、間に合わなかった。
◇◇◇
「あの時助けてくれたお兄さんへ
助けてくれて、ありがとうございました。お兄さんのおかげでぼくは死なずに済みました。
でも、お兄さんがインターハイにいけなくなってごめんなさい。
ぼくがぐずぐずしてたから、お兄さんが大きなケガをしてしまいました。
ぼくがいなければ、お兄さんがケガをしませんでした。
ほんとにごめんなさい。ごめんなさい。」
あの日は小中高合同の地域清掃活動中だった。あの小学生も、信号を信じてゴミ拾いに夢中だった。
「あの時の君へ
お手紙ありがとう。
君が助かって本当によかったです。
僕は確かにケガをしました。それでインターハイにいけなかったのは、君の言う通りです。
だけど、君を助けることができました。
あの時、もし、君を助けずにいたら、僕はインターハイに行ったとしてもずっと後悔したと思います。
どうか、いなければいいなど、思わないでください。僕にありがとうと思ってくれるなら、これからいっぱい、笑ってください。いっぱい、友達と遊んで、笑ってください。
僕は君を助けたことを、後悔していません」
◇◇◇
「ありがとう。お前の夢の代わりに、ひとりの夢が途切れなかった。ありがとう。ごめんな。俺がきちんと見ていれば、あの子を助けるのは俺で良かったはずなのに、お前に背負わせてしまった」
「先生」
「ごめんな」
先生は泣きながら、ベッドで寝ている俺を抱きしめてくれた。悪いのは車の運転手であって、先生じゃない。
だけど、先生は監督不行き届きとなり、バスケット部の顧問を辞めた。あの日、ボランティア活動をさせた責任を何故か先生が取らされた。
俺は、後悔していない。
みんなとの3年間。どれだけ寒い日も、基礎練で走り回れば汗だくだった。
赤点取ったら補講でバスケができない。試験前の朝練は勉強だった。みんなで集まって、ノート見せ合ったり、先輩や先生に聞きに行った。
俺は、バスケ部の伝統である「基本が出来なければバスケもできない」を守って過ごした高校の3年間、人として、スポーツマンとして幸せだった。
◇◇◇
滑らかな青空が天を覆う。
「私はお節介なんです。君達にテレビで晒しているニュースキャスターとしての私は、ジャーナリストの私で、それは、素顔の私とは違うかも知れません。ですが、私に別の人物になりすますような演技力はありません。もし、途方もない演技力で別の誰かになりすますにしても、人は、その人そのものからは逃げられないと私は思います」。




