もう一度、I love you
「ん?おはよう」
「ああ、もう夕方だ」
「あれ?」
「麻酔が思ったより深かったんだろ。体調は?」
「全く力が入らない」
「水、飲めるか?」
水差しに水を入れて口元に運ぶ。
俺がいないと、何もできないこいつを見ていると、罪悪感と背徳感でいっぱいになる。
艶めいた口元に、こいつを独り占めしている気がして、少しぞくっとする。
「ああ、そうだ。お前が言っていたスタイリスト」
「んっ。ああ」
「いいってさ、仕事に学校、忙しいな」
脳幹出血の死亡率は80%。生き残ってもまず身体のコントロールは効かない。首にデカい管入れてまで生き残った。もう長くは起きられないし、激しい運動も難しい。だけど、それでもいい。みんなでまた、一緒にやろう。
「俺の写真のさ、スタイリスト、頼んだ」
「わかった。」
アーモンド型の目を柔らかくして、淡く微笑みながら、お前のためだし頑張るか、と俺に言う。
日没。床にオレンジと黒で刷られた桜の影が伸びて、こいつの横顔に掛かる。その影に小鳥が飛び乗り、こいつの首元にある傷に重なった。
「なあ、魔王様。お前、首にタトゥーにすれば?」
「え?」
「来年、辰年じゃん。ドラゴンとか、いいじゃん、またこっから始めよう、みんなで」
むせ返る桜と梅の香りに、涙が止まらなかった。
寒々しい空の下、クリスマスパーティーまで時間があるからと、カフェに入った。
2人だと、仕事の話になりがちで、それがとても愛おしい。
「だから、この写真の構図だと、俺のセットした髪型が映えないんだ」
なんでわかんないのかな。ペーパーナプキンに構図描いて説明していたが、思わず、立ち上がった。
「あのさ、この構図はもっとこう、髪型も背景も芸術的な感じにしたいんだ」
花は舞い散るが、木は変わらずにある。この木がある、様々な色で出来上がった美しく優しい黒い世界は、だから、この花の色をより艶やかに、そして木の皮でさえ、花の香りで、桜が桜たる所以を忘れさせない。
「でもさ、みんなに受けなきゃ意味ないでしょ。わかったから、とりあえず、座ったら?」
「ああ」
「コーヒー、おかわりする?」
「そうだな」
「お待たせしました。桜のノンカフェイン紅茶と梅ほうじ茶です。こちらはオーナーからクリスマスサービスとのことです。」
「え?」
「お菓子は俺からです。あなたがこの世界に留まってくれた奇跡とクリスマスに来店して下さった奇跡に。コーヒーは次のおかわりでどうぞ」
注文を無視して飲み物とお菓子を置いていき、返事も待たずに颯爽と去っていく、眠ったような目の店員を見送る。
「いいのかな?」
「いいんだろ」
幾千の祈り。
俺だけじゃない。みんなが祈っていた。
だから、1人ではできない奇跡を起こせた。
「ありがとう」
ちょっと顔を傾いて、とびきりのウインクを戯けてしているお前に。
「ありがとう」
この世界に来てくれて。
この世界で出会ってくれて。
一緒にいてくれて、ありがとう。




