唐紅のレクイエム
薄っすらと笑っている感覚が、変わらずにある。
触れると「理解」させられそうで、頬に伸びる手が止まる。
お前の死に顔なんて見たくないのに。
まだ、まだ話し足りないし、聞き足りない。なんか、言えよ。
P.S. please if you get a chanse put some flowrs on Algernons grave in the bak yard.
胸に置かれた本には、付箋紙が貼られていた。
付箋紙があるページの最後に、ただ、らしくない、ブレたシャーペンの線が引かれている。
このベッドがひとつ置かれた病室内は、開いた窓から流れ込む、むせ返る河津桜の匂いと梅の香りで満たされていて、こいつはただ、眠くて寝てる。
そうとしか、見えなかった。
この本の主人公は知的障害者。何も知らない幸せな日々を過ごしていた。ある日、マウス実験の次の実験台として知力増強手術を受け、成功する。
主人公は、誰よりも賢くなり、そして全てを知り、不幸になった。賢くなった主人公は、自分の前の成功例である友達のネズミが死んで、自分がまた何もわからなくなるとわかった。
「知る」と「わかる」は別のこと。
知的レベルとは「わかる」ことが増えること。
主人公は最期の知力、間違いだらけのメッセージで亡き友への追慕を頼む。かつて愛し、尊敬していた先生に書き残した一文に線が引かれていた。
「ごめん」
あの日。
ライブの最中に呂律が回らなくなっていったのはわかっていたが、今、演奏中の曲はたかが5分。この曲で危なければ今回は中止にしようと続行した。
そして、こいつが倒れた。この曲を最後まで歌い切ってから、動かなくなった。もっと前に、止めればよかった。ライブなんて元気になればまたできるのだから。
時間が戻らないのは知っている。
戻らない時間が、余裕を奪うことがわかる。
悲劇の本を抱えたまま、寝ているこいつの手にキスをする。もう一度、笑えよ、お前。いっつもお笑い番組とか見て、笑うのが堪えきれてないだろ?キャラに合わないからって我慢しないで、笑えよ、今こそ。
「なあ」
風が強く吹いて、一枚の唐紅が、舞い降りた。




