深淵が攫う太陽
「もう、歌えないんだ」
「そうか」
目に見えて、痩せ細った。悲しげな少し渇いた声が聞こえるが、綺麗なアーモンド型の目だけは、変わらずに強い光を放っている。
あれから、あの時、意識が戻ってからも大きな手術を繰り返していた。意識が戻る時間が目に見えて長くなってから、ようやく、みんなで笑える様になれた。
リハビリは苦しいとこいつからは聞くが、この世界に留まれたのだから、必要経費なんだろう。神さまが、五等分して分けてくれれば、ちっとは肩代わりしてやってもいいが、諦めろ。
一時退院が認められた夜、俺たちはこいつの希望で昔馴染みのスパ屋にきていた。
祈るだけなら、数えきれないほど祈った。俺達だけじゃない。俺には名前もわからない人たちの幾千の願いで、神さまはこいつをこの世界に返してくれた。
いつかはくる分かれ道が「今」じゃなかった。こいつが「今」ここにいる奇跡に、俺は感謝したい。
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てながら追加で焼かれる大量のナポリタンを、5人で小さな皿に移しあって食べる。
「もうさ、声が出ないんだよ」
「別にいいだろ、それくらい。また一緒にバカやろうぜ?5人でやれないことなんてなんもねーよ」
「俺、ホントにもう何もできないよ?」
「悪いな」って、困った顔すんなよ「魔王様」。ちょっといないぐらいの悪系イケメンなのに、すぐに困るなよ。
「ほんとはさ、ずっと、みんなとバンドして生きてきたから、急に放り出されて、どうすればいいのか、わかんないんだよね」
「まだ、一時退院が許されたばっかだろ?」
「うん。どうしようかなってさ。これから」
気まぐれ猫みたいなキッチュさ浮かべた犬がこっち見んな。元に戻れよ「魔王様」。
「俺は今、カメラマンしてる」
「ね。まさかお前がカメラマン?って思ったけど、お前、センスかっこいいから向いてるよ」
お前の様子を見るために、時間を自由にできる自営業しかなかったんだよ。みんな、そう。お前を待っていた。
あの日、眠るお前に会うもう「いつも通り」になってしまっていた日に、俺はもう一度、お前に「出会えた」。
「俺にも、何かあるかな?」
「あるだろ?お前、手先器用だし、スタイリストとかは?俺と一緒にさ。なんならお前をこいつが撮って、売り出そうか?」
「厄除けか、身代わり地蔵的な?」
「スタイリストはともかく、俺の写真はもう売れないだろ」
笑っているこいつの首には、大きな傷跡が残されていた。




