始まりの魔法
待ち合わせのカフェに着く。
ヘルシンキはサードウェーブなコーヒーで近年有名だが、フィンランドにも紅茶メーカーはある。このカフェはイギリス紅茶を扱っていた。
「いい匂いだな」
やってきた男は迷わずにこちらにやってきた。
時間は丁度。
「よく見つけましたね」
約束の言葉は「麻紐が終わる時刻にヘルシンキの森の中に隠れた、本と爆弾を持つ赤い竜を探せ」。
モーニングの時間帯だが、東洋人はいる。店内はコーヒーと紅茶が入り混じった香りだが、トワイニングのアールグレイをポットで飲んでいるのは俺ひとりだった。
対面に男は腰掛けてきた。
「よく分かりましたね」
「街区と約束の言葉だけ送られてきたときは、さすがあいつの友達だとは思ったが、思ったより普通だな、お前さん」
「さすがあいつのおじさんですね」
なかなか初対面から失礼な人だ。
カップを貰い、アールグレイを注ぐ。
「麻紐はトワイニングと朝日、終わる時間だからランチが始まる11時、赤い竜はプリンスオブウェールズ、トワイニングの紅茶とかかっている。ヘルシンキの森の中はコーヒーの香りで、爆弾は本とセットだから、レモンの爆弾、柑橘系のベルガモットの香り、すなわちトワイニングのアールグレイを出している店でそれを飲んでる男を探す」
「あいつが文学科なので、本と掛けました」
「久しぶりに伝言板の待ち合わせをしたな。むかしはいろいろバレないように仲間内で暗号文とか仕込んだものだ」
「へえ、面白そうですね」
「俺からしたら、よっぽどお前さんの方が興味深い。俺もあいつからコーヒー紅茶の話を聞いていなかったら危なかった。いよいよ面白いな。よし、お前さん、大学戻ったらしばらく俺の店を手伝え」
「いいですよ」
「あ?本当か?お前さん、だいぶ偏屈だと聞いたんだが」
「さっきから失礼な人ですね」
ああ、すまない。
バツが悪そうに紅茶を啜るところはそっくりだな。
「説明するとな。あいつから聞いた街に対する考え方が俺と同じだったんだ。人が集まり、店になって、街になり、地域になり、国になる。街ってのは丁度、人の手に届く範囲ギリギリだと俺は思っていて、いい奴らが集まれば街はよくなるし、いろんな奴らが集まれば街は活気が出る。そして、地域が国が変わっていく」
真面目で生々しい目に、値踏みされている。
「最小単位は人なんだ。最後に残るのも、最初に始めるのも「人」ありきだ。だから、まずは自分がしっかりないとダメだ。1番最初の人なんだから。人はいろんな奴らが関わって、磨かれていく。俺やお前たちがそうであるように、いろんな奴らによって、形を変えて、磨かれる。俺はそんな奴らが集まって、関わって、互いに影響される場所を作ってきた自負がある」
「あと、お前さん、優しいだろ?」
「なんですか、急に」
「ステッカーだよ」
「ああ、場所まではわかっても紅茶を飲んでるのがひとりとは限らなかったので」
カップの紅茶は、冷めたはずなのに、レモンの匂いがたちのぼっていた。
「どうだった?」
「まあまあかな」
「土産なしかよ!」
「ヘルシンキに美女はいましたかー!」
「お前と似てた」
「どういう意味だよ」
「ああ、日本に戻ったらお店手伝うよ」
「店?あの人、いくつも店あるから、どれだろ?」
「喫茶店だってさ。勉強になりそうだから、しばらく手伝う予定」
「ああ、あのお気に入りか。まじか?お前、気に入られたんだな。俺もあの店は気に入っている」
「それにしてもさみー。もう3月なのに」
「カフェ入ろうぜ」
椅子に上着を掛けて、コーヒーを頼み、席に座る。肩を出すにはまだ肌寒い3月。
「お前、刺青いれたの?」
「ん?」
「右肩」
「いや、これシール。剥がし忘れてた」
「かっこいいな、それ。赤いドラゴン。サッカー?」
「単なるイベントアイテム」
そのまま左手でシールを剥がして、ポケットに突っ込む。
あいつから右手で受け取ったコーヒーは、湯気が立ち昇っていた。




