満月を待つ三日月
ため息をつきながらリビングに向かう。こたつに足を突っ込んで、本棚を漁る。お気に入りの能楽本「翁」の脚本を手に取る。時を超えた芸術は静寂という音楽を紡ぎ、篝火の音すら演出に変える。
「ジャストなタイミングかな?」
「こんばんは。挨拶もせずにすいません」
「いやいや。会いたかったのは俺だからね。騙し討ちにしてすまない」
「言ってくだされば普通に会いますよ」
「自然な感じに会いたかったんだ」
どこか間延びした、マイペースな猫を彷彿させる先輩の話は単純だった。こいつが作った新たなトータルコンシェルジュ機能を持つソフトのサンプル音源を俺に頼みたい、と。
そんなこと、何を今更、改まっていうのだ。聞けば、開発規模は確かに小さいが、汎用性は高い。だからリリースされれば巨大なリターンが狙える。だから予め話がしたい。
それがどうした。確かに俺は野心家だと自覚しているが、友人達の利益を掠めるような品のないことはお断りだ。
心配そうにこちらを見なくても、断ることはない。だが、気に入らないし、二つ返事は軽く見られる。気が向いたらと回答しよう。
「構いませんよ。ただアルバイトもあるので、そちらを優先することもありますがいいですか?」
「ああ、それで構わない」
「ありがとう。お前しかいないってわかってるんだけど、頼みにくくて」
「なんでだよ。とりあえず、お腹空いたかなー?」
「ははぁー。お持ちいたしまーす」
3人でノートとか裏紙に夢を書き殴りながら、おにぎりを頬張り、おでんを咥え、酒を啜る。狭いリビングにこたつで暖をとりながら、あーでもない、こーでもないと話す時間は一瞬で、それは永遠のようだった。
ふと、雪が気になった。
カーテンを開けてみると、ベランダにはうっすらと雪が積もっている。お酒が入っているからか気分がいい。火照った身体と議論を少し落ち着けようと、窓を開ける。
「さっむ!!」
「でも、冬の温かい部屋で窓開けるの気持ちよくない?」
「まあね。短時間なら同意するよ」
突っ掛けを履いて、そのままベランダに出るとちらつく雪と暗雲を切り裂くように突然、雷が光った。
ほんの一瞬のこと。
その稲光は地上に落ちるはずなのに、雲の影のせいか光が空に向かって登ったように見えた。
「いま、雷、逆さまに見えた」
「うん。光の滝に龍が登る姿に見えた」
「俺の位置だとさ、窓ガラスに雷が反射して君の左腕に龍が絡みつくように見えた」
振り返ると皆、見えたという。
「なにそれ?かっこいいんだけど」
友人2人と一緒に、3人でみた稲光。
単なる電気信号。もしかしたら見間違い。だけど、3人は同じこと、時間、感じることを共有した。言葉がなくても分かり合えた3人の共通言語。雪が降り注ぐ空をこうして、一緒に見上げている。
そうだな
3人で一緒なら、きっと、上手くいく。




