洞窟遺跡
「死にたい……」
うっそうと生い茂る森の中、そんな言葉がつぶやかれる。
声の主である青年はうつろな表情のまま、足取りもおぼつかない様子でひたすらに歩いている。
ぼろぼろの服装、伸びて目にかかる髪の毛、泥で汚れた身体、もし誰かがその姿を見たならば誰もが口をそろえて放浪者、というに違いない。
なぜ彼がそのような風貌なのかといえば、それはただ単に生に対する執着がないからだろう。
「あと少しで……、やっと、死ねるかもしれない!」
——『死神』
すべての生き物へ等しく死を届ける、空想上の存在が今まさに彼がさまよっている森——終末の森——に封印されているといわれている。
彼がなぜこんなにも死にたがっているのかを説明するには、彼の身の上を少し話さなければならない。
青年——レイン・ストルフォードは大国、イグニシア帝国の貴族の家に長男として生まれた。
公爵家であったこともあり、彼の将来は安泰そのもの、希望にあふれていた——そう、彼が8歳になるまでは——。
幼い彼は活発で、だれからも愛さるるような存在だった。
「いっしょにあーそーぼー!」
8歳になったばかりのレインは今日も幼馴染と遊んでいた。
「いいよ!」
幼馴染で親友の少年——パルマは満面の笑みでそう答える。
「じゃあ、パルマが気になってる洞窟遺跡に行こうよ。」
彼らが住むストルフォード領には古代遺跡——通称、洞窟遺跡と呼ばれる場所がある。
全長二キロの一本道、罠も何もないこの場所は子供が遊ぶのにはちょうど良かった。
「お宝あるかなー」
レインがそんなことをつぶやくが、その可能性は限りなく低くゼロと言っても過言ではない。
なぜならば、何百、何千年も前からあるこの遺跡を、それも罠もなく一本道の遺跡を過去の人々が探索しないわけがないからだ。
しかし子供の二人にそんなことがわかるはずもなく、彼らはありもしないお宝を求め出発した。
歩くこと一時間、うっそうと生い茂る森の中に突如として木もない開けた空間が現れる。
そこにあるのは高さ10m、幅20mほどの洞窟の入り口だ。
洞窟の内側は凸凹しておらず、きれいに整っている。
また、輝光石——地脈の力を吸収し光り輝く結晶——が一面に輝いており、明かりがなくても十分探索することが出来る。
光る輝光石に遺跡、それだけ聞けば神秘的で人が集まりそうだが実際にはほとんど人が寄り付かない。
「「でっけー」」
大人が見ても大きいこの洞窟は、小柄の二人からすれば途方もなく大きく見えているに違いない——そう、まるで異界へのゲートのように……。
「何もないな。」
レインがそんなことをつぶやくのはいったい何度目だろうか。
探索に飽き始めているレインの横で黙々と宝を探し続けるパルマは、レインとは対照的に希望に満ちた表情で答える。
「絶対宝はあるよ!蔵から出てきたこの本にそう書いてあるもん。天が授けた聖なる剣、万病を癒す秘薬、色々書いてあるし、きっとあるよ!」
「えー本当かなぁ。そんなのただの作り話だよきっと。」
自信満々に答えるパルマに向かって、レインは懐疑的なまなざしを向けている。
「むー、本当にあるって。」
「はいはい、あるといーですね。」
適当にパルマをあしらっていたレインは、ふとあることに気づく。
「この遺跡言って少し変だよな。」
「何が?」
「何って、人が使うにしては不便な構造物がいっぱいあるじゃん。例えばあのへんとか。空を飛べるなら楽に行けるけど、普通の人ならいちいち脚立を持ってこないと隣の部屋に行けないじゃん。」
「確かにそういわれると変だね。古代人は何でこんな構造物を作ったんだろう……」
「古代人は空でも飛べたのかもな。」
そういって笑うレインの予想は実は当たっていた。しかしそれを知るのはもう少し後の話——。
「昼にしようか。」
そういうレインに、パルマは持ってきたお弁当をリュックから出す。
「朝早起きして作ったんだ!一緒に食べよう!」
パルマの料理は絶品だった。
「待ってました!」
今日はこのために来たとばかりにうきうきした表情でレインがパルマからお弁当を貰う。
「相変わらずおいしいよなー」
「えへへ、ありがとう。」
おいしそうにご飯を食べる二人、それはどこにでもあるありふれた光景だったが、突如異変が起こる。
それはレインがお弁当を食べ終わり、近くの台に座った時に起きた。
突如魔法陣がレインの足元に広がり、同時にレインの意識はそこで途切れる。