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赤い地平線  作者: 原島としはる
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筆頭武力権者 -o pepo-

そのベルトを奪われたくなければ戦車でも用意しておくんだな

──アイザック・エベレレ


謎多き元WBC世界ヘビー級王者。タイトルマッチ記者会見の場で戦車のラジコンを当時のチャンピオンに手渡した。

タイトル取得後、東アフリカ共和国で4件の殺人事件に関与したとして起訴された。有罪判決の後にヴィクトリア刑務所に収監されタイトル剥奪となった。

 大きな銃声に寅清は身体を丸めて肩をすくめた。自分が撃たれたと思ったのだ。だが、白いベッドの裏側がどんどん赤く染まっていくのを見て、死んだのは自分ではなかったことを悟った。


 ドゥカティは誇らしげな表情をニャファドに向けている。

「どうだ、ベーコンを焼くより簡単に殺してやったぜ!」

「素晴らしい。ドゥカティ、君こそ"モンスター"だ」

「これで俺をビジネスパートナーとして認めてくれんだな?」

「もちろんだよ。君は度胸があるね、トレイキーもそう思うだろ?」


 寅清(トレイキー)は身体を起こしたが、彼らと目を合わさなかった。これからの自分の境遇を思えば泣き出したい気持ちなのに、見知らぬおじさんが死んだことには特に何も感じない。もし今泣いたとすれば、それは利己的な涙だ。自分も根本ではこいつらと大差ないのではと寅清は思った。


「トレイキー、人を殺した気分はどうだい?」

「…は?」

 ニャファドのデタラメな言葉に寅清は青ざめ、ようやく自身の悪い予感の正体を悟った。今更知ったところでどうすることもできないのだが。


「殺したのはアイツだろ!」

 寅清は必死になりながらドゥカティを指差した。"アイツ"は拳銃の先っちょにこびりついた返り血をベッドシーツで拭っている。するとその少年は底意地の悪い表情を寅清に向けて嘲笑った。


「そんなことはどうでもいいんだよ、アホ。お前がチャカ持ってたのを大勢のガキが見てる。それにお前、まともな英語喋れねえじゃん。それでテメーの無実を証明できんのか?ここにお前の弁護士はいないんだぜ」


 寅清はショックで何も言い返せない。撃ったのはこいつなのに、こいつらが寅清を殺人犯に仕立て上げようと思えば、それが真実になるのである。それを知った瞬間、恐怖と絶望で過呼吸を起こしていた。一度こうなってしまえば、もう相手が誰であろうと慈悲にすがるより他なくなってしまう。


 寅清は重苦しい沈黙の末に、二人の少年に土下座して憐れみを乞うことを選んだ。


「勘弁してください」


 情けない自分の姿に涙が溢れ出てくる。世の中に自分の味方が誰もいない孤独感。脳裏に浮かぶのは母の顔、もう二度と帰れぬかもしれぬ我が家での何気ない日々であった。肝試しでこんな国に来たばっかりに…。


 ニャファドは寅清に歩み寄ると、肩に手を置いた。


「大丈夫、僕に考えがある。殺人犯として生きたままバラバラにされたくなければ、僕に従うんだ」


 ニャファドはアルコールの臭いを漂わせながら爆睡している巨人をちらりと見やると、ふんと鼻を鳴らしてドゥカティに手を差し出した。

「貸せよ」



 グヂパッパが目を覚ますと、血の臭いに気がついた。大量のウイスキーによって引き起こされた頭痛の中、もしやと思って隣を見ると、さっき腸をいじくり回されていた男が額に穴を開けて事切れていた。そして──全く身に覚えがないのだが──拳銃が自分の手に握り締められている。


「…俺のじゃねえか」


 エジプトで手に入れたトカレフ。グリップの凹みやマズルにこびりついた汚れは間違いなく自分のものである証拠だ。しかしこれは隣で死んでいる男に検問所で没収されたはず。それがなぜ今、自分の手元にあるのかさっぱりわからない。


 グヂパッパがふと顔を上げると、ニャファドと寅清が日の落ちた真っ赤な部屋の中で自分を見ていた。詰るような目である。寅清も虚ろな目でこちらを見ていた。


「…そういうことかよ」


 子供の”おいた”にしては度が過ぎている。


「俺に責任おっ被せようってか」

「案外、察しがいいね」


 ニャファドがにっこり笑って頷いた。いくら戦士といえど、療養中に泥酔し、私怨で人を殺せば追われる身となるのは確実だ。こいつらはそう証言するつもりだろう。クチャリンコにしてみれば、ベンキを術後に射殺されるなど面目を丸潰れにされたも同然で、エベレレ中の戦士がグヂパッパの首を狙いに来る事態にもなりかねない。しばらく逃げ続ければ誤解も晴れるだろうが、グヂパッパはあまりに周囲の恨みを買い過ぎていた。ゾウが一度躓いたら獣から昆虫までもがその肉を食らおうとするだろう。


 今の内にベースキャンプからなるたけ遠くへ逃げておきたいところだが、追手を差し向けられるのを少しでも先に延ばすためには、このガキどもの口を封じておかなければならない。ただし、ニャファドの方は殺してしまうと厄介だ。オペポを手に掛けてしまえばエベレレ・クランのみならず戦士そのものと敵対してしまう。絞め落とすなり両脚を折るなりして、しばらく寝ていてもらうしかない。その後は、あまり気は進まないが、ここから最も近いチクリモッチ・クランのキャンプで彼らに兄弟の誓いを立てればエベレレ戦士も追跡を諦めるだろう。


「わかった、俺に何を望む?」


 ニャファドの気を逸らせるために、意味のない質問をした。襲い掛かる前にドアから逃げられては困る。ならばブランケットを投げつけて相手の視界を遮ってしまえばよい。


 しかし、ニャファドは冷静にグヂパッパの行動を制した。キアモ・シンバの子供らが使うようなノートブックを見せたのである。


「…な、何だァ?」


 グヂパッパは自分が得意とする不意打ちを不意打ちで封じられたことで面食らってしまった。出遅れた今、もうこいつらをシメてから密かにこのキャンプを離れることは適わない。


 ニャファドは手に持っていたノートブックを開いてグヂパッパに見せた。そこにはブニャ語で書かれた短い一文があった。


【僕の命令で撃ったことにすればいい】


 ニャファド・エベレレ。12歳にしてエベレレ・クランの発行する武力権(ペポ)の内、34%をホールドするオペポである。オペポは氏族全体の動向に強い発言力を持ち、戦士長に対して武力行使の要求ができるほどの影響力を持つ。確かに、こいつならば一人のウヂュメポコを安楽死させたくらいでは何もお咎めなしだろう。


 続いてニャファドが巨人に見せたのは、愛読書のカバーであった。そこには『 10 Ways How to Kill Your Parents (両親を殺す10の方法)』と書かれている。


 グヂパッパはしばらくうつむいてから、肩を震わせて笑った。

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