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元女官、後宮に放り込まれる

 そんなこんなで大体一か月後。


 私はそこそこ豪華な馬車にて、退職したばかりの王宮へと向かっていた。私はあれからすぐに「家庭の事情」という曖昧過ぎる理由で女官を退職し、母方の祖父母だという伯爵夫妻によってまぁまぁ立派な伯爵令嬢に仕立ててもらった。……とはいっても、貧乏伯爵家の令嬢ということなので、ドレスはそこまで豪奢ではない。後宮へと向かう令嬢は、実家から一人だけ侍女を連れてきてもいいということになっているけれど、私にはそんな余裕もありゃしない。なので、私は王宮から与えられる二人の侍女に世話全般をしてもらうことにした。ま、私は自分のことは大体自分一人で出来るのだけれど。


「……はぁ」


 本日幾度目になるかわからないため息をつく。後宮に入った令嬢……というか、この場合は妃候補ね。妃候補にはそれぞれ階級が付けられていて、王子様と出逢う頻度さえ全く違う。


 まず初めに下っ端の名もなき階級。伯爵以下の爵位の家の生まれの妃候補は、まずここからスタート。つまり、私もここからである。それから、次に名のある宝石階級。ここ前来るとちょっとマイナーな宝石の姫君とか呼ばれている。それから、まぁそこそこいい扱いになるわよね。侍女のほかに専属の女官が一人付くわけだし。最後に最上級の階級である十二の宝石階級。ここに来ると誕生石にもなっている有名な宝石の名が与えられる。かの有名な後宮の五大華は全員ここだ。さらに言えば、この階級になればそれ以下の妃候補を従えることが出来る。それぞれお気に入りの妃候補を選び、取り巻きにするのだ。


「……面倒くさい」


 なんだ、この面倒な派閥や階級たちは。女官として仕える分には、まだマシな場所。でも、実際に妃候補となると話は全くの別物になる。どの宝石の姫君に付くか、とかいろいろと考えなくてはならない。……それが、心の底から面倒くさいと思ってしまう。しかし、どの派閥にも属さないという選択もない。簡単に言えば、仲間外れにされる。


「サマンサさん。そこまでため息をついて悲観することでもないと思いますけれど?」


 そう言ってくるのは、この馬車の御者である。母方の祖父母の家に仕えている彼は、私とはそこそこ話す仲になった。……ここ一か月で、すっかり仲良くなってしまったのよね。


「美味しいものをタダで食べて、お金もらって帰ってくるだけでしょう? 楽ですよ」

「あのねぇ、そんな楽なものだったら、こんなにも悲観しないわよ。女の嫉妬や争いって、結構醜いものよ?」


 私はそう言って御者を睨む。しかし、御者はへらへらとしているのか私の話に聞く耳も持ってくれない。まぁ、どうでもいいや。今はこいつに八つ当たりしたところで、意味なんてないし。


「……はぁ、もうどうでもいいや。それぐらい気楽に考えた方が、楽なのかもね」


 私はそうぽつりとつぶやいて、馬車の窓から流れる景色を見つめるのだった。


 ☆☆


 その後、私は馬車を降りて御者と別れた。そして、今、私の目の前には見慣れた王宮がある。妃候補としてここに入ると、一年間は出てくることがほぼできない。王子様に気に入られて、王子様とともに出かけるときにしか外出が許されないのだ。……ここは、一種の牢獄よね。王子様に気に入られるかどうかで、天国にもなるし地獄にもなる。いや、まぁ、私は王子様にお近づきになるつもりは一切ないのだけれどね。


「……マクローリン伯爵家のご令嬢、ですね」

「はい、サマンサと申します」


 そう言って、私は目の前に現れた冷徹な雰囲気を持つ中年の女性に、ぎこちない微笑みを向けた。マクローリン伯爵家というのは、私の母方の実家。リベラ王国では歴史はあるけれど、貧乏という微妙な立場の伯爵家。なので、社交界での立場もかなり弱いものらしい。その所為だろう、私を見つめる後宮の管理人の視線は痛い。あぁ、そういえばつい最近管理人が変わったのだっけ。だから、私はこの人と面識がない。


「そうですか。私は管理人のアントニアです。まぁ、貴女とかかわることはないでしょうから、名前も顔も覚えなくて十分です」


 管理人――アントニアさんはそう言ってかけていた眼鏡をクイっと上げる。その目の奥はとても鋭くて、私を品定めしているみたいだ。……それぐらいで、負ける私ではないのだけれど。だから、私も不敵に笑ってやった。


「わかりましたわ、アントニアさん。でもまぁ、私もアントニアさんとかかわる必要性が全く感じられないので、こっちはこっちで好き勝手させていただきますので」


 私はそう言って、意味深に笑う。元より、あんたの助けなんて必要としていない。ましてや、王子妃になるつもりは一切ない。そういう意味を込めて笑ってやれば、アントニアさんの眼鏡の奥の目が揺らぐ。あら? もしかしてこんな妃候補、今までいなかったのかしら? じゃあ、新鮮でいいじゃない。


「……くっ、ま、まぁ、いいですわ。どれだけ強がっていても、いずれは泣きついてくるのですから。では、貴女をお部屋に案内して差し上げます」


 悔しそうにするアントニアさんに、私はこっそりとやってやったという気持ちになる。そして、そのままアントニアさんにゆっくりとついていく。ちなみに、私の荷物は鞄一つ。大体のものはこっちで用意してくれるらしいから、荷物が軽くていいわね~って。


(……けどまぁ、面倒くさい生活の始まりね)


 とはいっても、私の心は乗り気じゃない。常に面倒だと思っていた。……はぁ、これからどんな目に遭うのだろうか。ま、全部ひとりで乗り切ってやるつもりだけれどね!

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