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女官、婚約を破棄される

 女としての幸せとか、不幸とか。そういうの今日で全部どうでもよくなった。結局、私一人張り切って、私一人頑張って。結婚資金だって、必死に貯めていたのよ? なのに、ふたを開けてみれば婚約を解消させてほしいだなんて、彼はとことん勝手すぎる。


「……サマンサ。僕は、本当の恋をしてしまった。わかってくれ」


 そんな戯言を言って私をまっすぐに見つめてくるのは、私の婚約者「だった」男性である。銀色の短い髪と、真っ青な目をしているその男性。髪の毛も、目の色も。とてもきれいだと思って、私はそんな彼が好きで。でも、今はただ汚らわしいという感情しかない。真摯に料理に打ち込んでいるところが、好きだった。だけど、今はそんなところさえも嫌いだ。


 彼に「好き」だと言われて、告白された時はとても嬉しかった。私は天にも昇るほど幸せな思いだったことを、よく覚えている。そして、半年前にプロポーズされた時も。


「……その、サマンサ。キミのことを好いていたのは、間違いだったんだと気が付いたんだ。一時期の、気の迷い」


 ……何よ、それ。私は彼のそんな言葉を聞いて、開いた口がふさがらなくなりそうだった。私の元婚約者の男性の名前はハミルトン・シーリーという。この王宮の料理人見習いだ。そんなハミルトンの隣には、意地の悪い笑みを浮かべながら彼に寄り添う一人の少女が。女性と少女の間の年齢のその子のことを、私はよく知っている。いいや、知らないわけがない。だって、彼女は――私の同僚の女官だから。


「僕の本当の運命の相手は、マーガレットなんだ。いろいろと仕事の相談に乗っているうちに、僕は彼女に惹かれていた」


 ……知っていますか? その子、仕事をしないって女官内で有名なのですよ? そう思ったけれど、伝えるつもりにはならなかった。どうせ、何を言ってもハミルトンには私の言葉なんて響かないだろうから。ハミルトンはマーガレットさんに惚れこんでいるだろうから。すこぶる女性受けが悪くて、人の彼氏や婚約者に手を出すと有名な、意地の悪いマーガレットさんに惚れこんでいるのだ。


「……わかりました。では、さようなら」


 だから、私は最後ににっこりと笑ってそう言ってやった。……本当に、好きだったのにな。ハミルトンのことは、心の底から好きだった。初恋だった。真摯な人だと思っていたのに、まさか浮気をするような人だったとは。まぁ、正式に結婚する前にわかってよかったのかなぁ、なんて。


「……バカみたい。あーあ、あいつらの上に魔物でも降ってこないかなぁ。ついでに喰ってくれたら万々歳」


 そうぼやきながら、私は王宮の廊下を歩く。


 私、サマンサ・ディアスはこのリベラ王国で王宮勤めの女官をしている。あ、女官には王宮務めと後宮勤めの二種類があるのだ。


 幼い頃に母親を病で亡くし、冒険者業をしている父親の手一つで育ててもらった。とはいっても、父親の職業は冒険者。家にずっといるわけではない。そのため、私は日々のほとんどを三つ年下の弟と過ごしてきた。そんな弟もつい先日魔法の研究機関に就職し、私も結婚が決まって……みたいな感じだったのに。まさかの婚約解消である。ありえない。


「あー、もうっ! 父さんたちになんて報告すりゃあいいのよ!」


 半ばやけくそになりながら、そう叫ぶ。父さんが私の結婚を一番喜んでくれていたのに。弟も喜んでくれていたのに。「姉さんが幸せになれるのだったら、僕も嬉しいよ」なんて可愛らしいことを言ってくれていたのに。あ~、慰謝料をたっぷりと請求すればよかったわよ。


「……はぁ、何を言ってもどうせ無駄よね。やめたやめた。女は切り替えが大切。これからの恋人は仕事よ。目指せ、王宮務めの女官長!」


 そう言いながら、私は今夜はやけ酒をすることに決めた。酒場にでも行って、久々に好き勝手飲もうかなぁ。どうせだったら、同僚でも誘ってみるか。あ、もちろんマーガレットさんは却下。あんな人の顔、見たくもないわ。


「……どこに行こうかなぁ」


 気分を切り替えて、私は仕事が終わった後にどこの酒場に行こうかと考えていた。


 この時の私は、この婚約の解消が私の運命を大きく変えてしまうなど――想像も、していなかった――……。

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