婚約者
チュンチュン…
昨日のパーティの疲れでよく眠れたからか、小鳥の声とともにいつもより早く目覚めてしまった。
「…昨日はいろんなことがあったな」
ばっちり頭も身体も冴えてはいるけど、
ベッドから動く気にはならず、高い天井を見ながら考える。
婚約者…なんだかあんな美少年、私が犯罪を犯している気分…。気が重い。
それに私も婚約者なんて不安だ。結婚相手を決められる事に違和感だし。
まぁでも良い子そうだし当たり障りなくやろう。
お父様やお母様のこともガッカリさせたくないし…。
前世は嫌な記憶ばかりだから、今の平穏がなんとなく心地よかったりもするのだ。
それにしても、あの横暴な神様の態度はなんなんだろう。
昨日目の前に現れた事も意味不明だし、なんか不機嫌だったし。私のことが気に入らないのかな?
前のお前をぶち壊せとか…運命を切り開いてみろとか…
正直何なんだろう。私になにを求めてるんだろう。
コンコン、とノックが響いて、メイドが入ってくる。
「失礼いたしますお嬢様、おはようございます。起きていらしたのですね」
私の世話係のメリーだ。
「おはよう」
メイドは今日のドレスを着せて、身支度を整えてくれた。
「本日からお嬢様は本格的なマナーや、勉学を学んでいただく事になります」
簡単に1日のスケジュールを教えてくれる。
5歳の誕生日を迎えたから、今日から本格的な貴族のレディとしての勉強が始まる様だ。
よし、この世界で上手く生きるために、頑張ろう。
「お嬢様、物覚えがお早いですね。素晴らしい」
レッスンが始まって早々、物書きの教育係に褒められた。
この世界の文字は英語の筆記体に似ているが、少し変わっていて覚えるのが大変そうだけど、前世では苦学生としてバイトと大学を両立していた身からすると、こちらの方がまだ楽だった。
お金の単位も金貨や銀貨、銅貨などなんとなく覚えることが出来た。
はじめてのレッスンはまずまずのようだ。
教育係と熱心に勉強していると、部屋のノックが鳴る。
「失礼致します。レオ様が、お嬢様を訪ねていらっしゃいました」
!!
こ、婚約者…。
私にとっては勉強よりも、こちらの方が難しそうだ…。
メイドに案内されレオの待つ客室へ向かった。
客室に入ると以前見かけたレオの父と、レオが待っていた。
「ごきげんよう、レオ様」
慣れない手つきでドレスの裾を持ってお辞儀をしようとすると、レオがパタパタと走ってきた。
「ユーリア!」
ニコニコと照れ臭そうに駆け寄ってくるレオは、まさに少年だ。尚更罪悪感…。
「ユーリア、レオが会いたいというもんだから連れてきたんだ。僕は君のお父様に仕事の用事できたから、終わるまで2人でお話ししていてほしい」
レオのお父さんは無邪気なレオの姿を微笑ましそうに、ひらひらと手を振って部屋を後にした。
「ユーリア!いつもなにして遊んでるの?」
「えっと……おにわのお花を見たり…」
「ぼくもみたい!」
曇りのない笑顔だ。庭の花なんて見に行く事などほとんどないけど。一緒に遊びたいんだろうなと思って根負けした。
前世で私に弟はいなかったけど、レオは弟みたいだ。
「…ではいっしょにいきますか?」
「うん!!」
こんなに可愛いレオと、中身は苦学生の私が婚約なんて想像も出来ないけど、弟みたいなものだと思おう。
レオは私の手を引いて2人で庭に出る。
貴族の屋敷だけあって、庭師に綺麗にさせているので美しい花や木々が沢山咲いている。
「きれー!」
レオはキラキラとした笑顔で、手前に咲いていた薔薇を見つめていた。
「…ですがレオ様のおうちも、おにわは綺麗でしょう?」
「うん!僕もおにわ見るのすき!でもユーリアとみるのたのしい!」
そんなこと今まで誰にも言われたことなんて無かったから、ビックリした。
庭を嬉しそうに見渡すレオは、私が今まで見てきた人達とは違う、とても汚れのない綺麗なものだ。
仲良くなろうとしてくれてるのが伝わる。
まるで動物に例えると、レオは犬みたいだ。
「ユーリア、おはな、なにいろのが好き?」
「えーっと…ピンクとか。かわいいですよね」
「ピンク!僕もすき!」
人懐っこい。
レオと色々な花を見て、イメージで名前をつけたりして遊んだ。
「あ!ユーリアのすきなピンクだよ!」
端の方にピンクの花が咲いているのをレオが見つける。
「このはなかわいい!」
「そうですね。チューリップかな」
「このはなはユーリアだね!かわいい!」
レオの言った言葉にまた驚いてしまった。
…なんだか暖かい気持ちになった。
「ユーリア?」
黙ってなにも発言しない私に、レオが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「うれしいです」
本心から出た言葉だった。
レオは人の心を浄化させる天才かもしれない。
「えがお、すてきだ!ユーリアはそうやって笑ったほうがいいよ」
「え…」
そういえば、今私笑顔だった。
最後に笑ったのいつぶりだったかな。
作り笑いや愛想笑いは良くしてきたけど。
「レオ、ユーリア、ここだったか」
レオのお父さんが来た。もう用事は終わったみたい。
「レオ、もう帰るよ。ユーリア、ありがとう。レオと仲良くなれたかな?」
「はい!ありがとうございました。お気を付けて」
レオのお父さんにお辞儀をして、2人を見送った。
レオは見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていたから、私もずっと振り返していた。
私の方が精神年齢は断然上なのに、
レオは不思議な子だ。
お母様とお父様と晩御飯を食べていると、レオと何をして遊んだのかと聞かれたので今日の出来事を話すと、2人はとても喜んでいた。
「ユーリア、楽しかったのね」
お母様が微笑む。
今まで楽しいなんて感情感じることもなかったけど、なんとなく分かる気がする。
レオのおかげでピンクのチューリップが好きになったこの気持ちが、楽しかったということなのかな