廃嫡寸前!?~侯爵家嫡男達の決断
夕刻6時、俺達が下町へのお忍びの際によく利用する料亭の奥の個室に入ると、友人であるラクール侯爵家嫡男のマルセルが既に席についていた。
しかしその顔色は冴えない。というか体調でも悪いんじゃないのかというレベルで覇気が無い。
「おいマルセル、顔色悪いぞ?体調悪いなら無理するな」
「ああ、ガストン……いや……体は悪くない……というかお前は元気そうだな?」
「何だその『元気なのが不思議』みたいな物言いは?」
「……お前の父上殿から何も聞いてないのか?3日前には視察先から戻ってきている予定じゃなかったのか?」
「ん?ああ、視察先が悪天候で念のため帰りを4~5日遅らせるとか早馬で連絡が来てたな」
「じゃあまだ知らないんだな……ということはこれから俺が全部伝えなきゃならんのか……」
「何の話だ?」
「俺達、廃嫡される」
「は?」
「このままだと俺もお前も結婚できない。結婚できない息子は家を継がせてもらえない」
「はあ?なにそれ?」
俺もマルセルも侯爵家の長男で引く手あまた。それにこう言ってはなんだが俺は外見もいい。『ガストン様の妻になれるのでしたら喜んで』というご令嬢も多いはずだ。
「俺たちの女性関係での行状が貴族界で噂になっている」
「あ、あのくらいは貴族の男としてはアリだろ」
まあ、その、少々目立つ行動もあったかもしれないが。
「そう、それだけならたいした問題じゃなかったんだろうが……2年くらい前、ザック領の話をよくネタにしていたことを覚えているか?」
「ん?ああ、あのザック領か」
ザック領は我が国の穀倉地帯の一つで、マルセルの従兄のティボーが若くして爵位を継いだのだが、3、4年前に連続しての災害による不作で大きなダメージを被っていた。
貧困のあまり沿岸地域の他領から通常なら捨てる魚の内臓や食用に向かない屑魚を恵んでもらっているとかいうことで、その話を当時の我々は『そんなものを領民に食わす気か』『もう少しマシな政策は思いつけんのか』と酒の肴にして笑い飛ばしていた。
その後ザック領も持ち直したという話を聞いたような聞かなかったような。
「あれ、違ったんだ。ザック領では魚の内臓を加工した新しい肥料を開発して農作物の生産を上げてたんだ」
「へ?」
「もともと処分するのに持て余してた沿岸地域からは処分料金まで受け取ってそれを当面の資金に充てたんだ。新しく開発した肥料は領内の生産力を飛躍的に向上させ、更に他領や外国でも高く売れているらしい」
「……」
「で、見当違いの話をあちこちで吹いていた俺たちについては『領地経営の能力に疑問がある上、女癖も悪い。あんな奴らにうちの大事な娘はやれん』との悪評が上位貴族の間で広まってきているらしい」
思ったより詰んでいるかもしれないことに焦る。
「ぐ……ということは俺もお前も……あ、あと俺達とつるんでいたエミールも……」
エミールは伯爵家の三男だから廃嫡云々は関係ないが結婚が困難になったことは俺達と一緒だろう。
「あ、エミールは結婚したぞ、5日前」
「はぁ!?なんであいつだけ!誰と!え?っていうか5日前!?」
「お相手はコルベル男爵家のマルゴ嬢」
「え?あの山猪みたいなの?いやいやまさかアレは選ばんだろう」
「先月のパーティで酔った勢いで…男爵家から『責任を取って婿入りしろ!』と」
「……」
「エミール本人は『酔って休憩用の部屋で眠っていたところに勝手にベッドに潜り込んできてたんだ!俺は何もしてない!ノーカンだ!』と」
「多分だがそっちが真実じゃないか?」
「真実がどうかなんて問題じゃない。悪評が広まって上位貴族に婿入りが実質不可能になった伯爵家の三男を引き取ってくれるというんだからな。一族は『どーぞ、どーぞ』と喜んでエミールを送り出したらしい」
「ひどいな!それにしても急過ぎないか?」
「コルベル領では名産のカボ芋の種芋植えが始まる時期だから、ということだ」
「?じゃあ尚更だ。農閑期でないと結婚式どころじゃないだろう?」
「コルベル男爵いわく『我が領に婿入りするからにはカボ芋の全てをマスターしてもらう!まずは己の手で地を耕すところからじゃあっ!』とか」
「農作業員なの!?農作業員として連れていかれたの!?」
学生時代『僕はナイフとフォークより重たいものは持たない主義なんだ』とかほざいて武術の実習をサボりまくっていたあいつの体力では絶対務まらないだろう。
「エミールの心配してる場合じゃない。あいつの場合は三男だから婿入り自体は規定路線の一つだ。俺達は家を継ぐ予定だった嫡男だぞ?上位貴族からの嫁が来ない可能性が高くなった今、このままでは父上たちの言う通り廃嫡されて行き場もない」
「ぐ……」
「一応うちの父上が持ってきた結婚話がある」
「おお!どこのご令嬢だ?」
「シャンボン侯爵家令嬢姉妹のオルタンス嬢とロマーヌ嬢だ」
「おおっ!?え、でもシャンボンなんて家あったっけ?…あれ?いや、聞いたことがあるな。どこでだっけ?」
「シャンボン侯爵は先代王弟だ。国家資金私的利用の罪で名目だけの侯爵位に堕とされて政治や社交の表舞台からは追放された」
「それ!その事件だよ!娘なんて居たんだな!」
「地元の豪農の娘との間に娘2人を授かったが立場上デビューもさせられなかったとのことだ」
母親は貴族ではないから妾腹扱いだろうが、そんな隠れた侯爵家令嬢達が存在していたとは!これもしかして人生起死回生の大逆転!?
「ちなみにオルタンス嬢が47歳でロマーヌ嬢が45歳だ」
「ウチの母上より年上なんだが!?」
起死回生どころかとどめの一撃だ。
「まあ、あちらには地位はあっても権力はないから、こちらから断ることは可能だそうだ。姉妹も田舎でのんびり過ごしてきて今更結婚願望もないみたいだから断ったところでこちらに乗り込まれるようなこともないだろ」
「……そもそもなんでその話を持ってきた?」
「お前が以前『年上もいいな』って言ってたから一応話はしとこうかと」
「年上ったって2~3歳の範囲の話だ!常識で考えろ!」
「これ以外になると嫡男の立場を捨てて他国の貴族に婿入りする話しかない」
「婿入りでいい。結婚できなきゃただ家を追い出されるだけになりそうだしな。どこの国のどんな家があるんだ」
「まずは彌彌那利国の侯爵家だな。娘ばかり4人いて婿を探しているとか」
「おいちょっと待て!どこの国だって!?」
「彌彌那利国」
「なんか文化圏が明らかに違うんだが!?それ東方圏の国だろ!」
「あとは南方圏のンガーロ=ゴルジナ国の副酋長の娘婿」
「何だよ副酋長って!」
「現酋長の弟君の地位の名称だ。こちらで言えば公爵家にあたる」
「副酋長の地位の説明を求めたんじゃない!国の長の名称が酋長って絶対に蛮族だろ!」
「蛮族とは失礼な。伝統的な尊称を継承してるだけだ」
「その伝統的なままの生活じゃないだろな?」
「……」
「おい何とか言え!そもそも何で中央圏の貴族からの話が無いんだよ!」
「国内の俺達の評判はさっき言ったよな?その上お前がライゴ中央商会長の娘にちょっかいかけて会長に睨まれているせいで中央圏の国の上位貴族からは軒並み敬遠されてるんだけど」
「その件に関しては済まん」
中央圏№1商人の経済の影響力は下手な爵位を上回るものだった。
「東方圏や南方圏の国々は、軍事関係を始めとする諸々の技術、制度、文化ともに進歩している中央圏の貴族との繋がりを持ちたがっている。それに東方圏人も南方圏人も小柄だからな。大柄な中央圏人の血を入れて優れた軍人を育てたがっているという話も聞く。好条件をもって迎え入れてくれるだろうさ」
「でもなあ。相手の家がそれぞれの国の上位貴族階級なのはいいとして」
「何か不満があるのか」
「おまえも東方、南方それぞれの地域から来る使節を見たことはあるだろ?あのおっさん方に娘がいたとしてそれを『女性』として見られるか?」
「まあ、正直、きついかもしれんとは思っていた」
コルベル男爵令嬢のような美人不美人の問題ではない。
なにしろ人種が違うのだ。それも若い女性の使節など来たことがないのだから、それぞれの使節のおっさん達の外見から想像するしかないのだがなんとも難しい。
使節についてくる有象無象の若い護衛達の顔なんてろくすっぽ見てなかったし。
「いざとなったら部屋を暗くしてヤバめの薬で多少意識を飛ばしてでも…」
「そこまでして!?」
「俺達の立場を考えろ。『婿として』役に立たないとなったら確実に捨てられる。絶対に自力では国に帰れない遠い異郷で」
「どんな手を使ってでも『婿として』役目を果たさなければいけないということだな……」
結局、暑いのが苦手なマルセルが彌彌那利国に、夏が好きな俺がンガーロ=ゴルジナ国に婿入りすることに決めた。
*
あれから15年。婿入り先で俺は意外なほど幸せに暮らしている。
妻となる女性と初めて会った時の感想は
『なるほど、人種は違っても若い娘は若い娘だし、美人は美人なんだな』
といったもので、相手もこちらを気に入ってくれたらしく、仲睦まじく暮らしている。
ヤバめの薬なんぞの力を借りなくても2男2女の子宝にも恵まれた。
文化程度も高く、建造物や日用品なども地域の特色はあれど、中央圏とそう変わらない。
ここ50年ほど『中央圏に追いつき追い越せ』をスローガンに近代化改革を進めてきたそうだ。
……正直、軍艦と操船の能力に限って言えば中央圏を既に追い越してるんじゃないかというレベルでやばかったので実家への手紙にはそれとなく注意するよう書き込んでおいた。
マルセルとエミールとは手紙で交流している。それぞれ幸せそうだ。『15年前は人生終わったと思ったよな』と手紙の中で互いに笑い飛ばしあっている。
「さて……今日も張り切っていきますか」
王宮に出勤するため馬車に乗ったところで日よけの帽子を脱いで呟く。
今日も暑くなりそうだ。