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業火の聖女――ラ・ピュセル――  作者: 月のウサギ
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1話

窓から溢れる日光が顔に当たり、マリアは目を覚まし起き上がり延びをする。

マリアの今の姿は裸体だ。そもそも、マリアは睡眠時に全裸で寝ている。

その裸体は寝起きながらとても美しい。

ショートボブの金色の髪に翡翠色の瞳をしており、顔立ちは整っている。

全身には張りがあり、健康的な色白の肌が光を仄かに反射しているようにも見えてしまう。線の細い体には殆んど見えないがしっかりとした筋肉が付き若々しい。胸は同年代と比べて大きく、形も整っている。それでいてくびれは細く臀部は程よく大きい。

全体的なバランスが良く、芸術家が見たら膝を付き涙を流して祈りかねない芸術的な体型を全面に出している。

「っと……何時もの時間ですね」

窓から見える時計塔の円盤を見て時間を確認し下着を着てタンスにかけられた修道服に着替える。

この修道服は他の修道服とは違い裾に深いスリットがあり太ももまでくっきりと見える。修道院全体がそうではなく、マリアの仕事に使われる服がそうなだけだ。

(何時もながらこの服、少し恥ずかしいんですよね……)

マリアは頬を赤らめながらも修道服の裾を引っ張る。

元々貴族に何度も妾や正妻になってくれと頼まれ、周りから綺麗だの美しいだの言われるマリアにとって、この服は些か扇情的だ。

事実、この教会や修道院には何度も侵入者が入ってきた事があるし夜這いをかけられた事は片手で数える事は出来ない。しかも、何故か同性ばかり。

「シスターマリア、そろそろミサですよ?」

「……分かってますよ、シスターエリーゼ」

部屋の中に幼いさが残る少女が入ってきたのでマリアは頬を叩いて冷静になってから外に出る。

エリーゼは良くも悪くも(・・・・・・)一人でいる事が多いマリアの数少ない友人である。

性格はとても無邪気で明るく、体格も相まってこの修道院のマスコットのような立場になっている。

事実、エリーゼが聖歌を歌う際には普通の時よりも人が多く来ている。歌の方も好評のため、人数制限のため金をとっている。

因みにマリアの場合、貴族や時には王族までもが来るほどのため、基本的には聖歌を歌わないようにしている。

「ホッホッ、それでは全員来ましたね」

質素な修道院の礼拝堂の一番後ろの席に座ると祭壇に初老の男性が立ち聖典を読み始める。

読み始めたのと同時にそのページを開き、手を組んで瞼を閉じて祈りを捧げる。

今日読まれている聖典の内容は神に仕える天使と悪魔たちの聖戦。

天使たちは光の槍を持ち、悪魔たちは闇の槍を持つ。

天使たちの領域を滅ぼさんとする悪魔たちに対抗して天使たちは槍を向け、神への祈りと共に悪魔たちを倒していく。

だが、悪魔たちも強くその槍を持って多くの天使が殺される。

世界は混迷し疫病や災害が流行り、人間は抑え込まれていた醜き欲望を放出し既存の世界が崩されていく。

聖典の内容は基本的に毎日代わり基本的に神父の独断で決められている。朝早くから始まるこのミサで寝ていないのはマリアくらいだ。

「それでは、今日はこれでおしまいです」

一時間後、聖典を読み終えた神父が立ち去ったところでマリアたちは食堂に集まる。

この時、誰一人として会話をしない。そういう規律だからである。

この修道院は神に仕えるものたちが集まり生活している。そのため、清貧を至上とした生活を送るための規律が何百とある。

いただきます(ラ・ペール)

「「「「いただきます(ラ・ペール)」」」」

一番遅くやって来た修道女の神への感謝の言葉と共に一斉に朝食を食べ始める。

朝食はパン二つと野菜の入ったスープだけである。

神への感謝のため、修道女や神父は神が与えたものしか口にすることしか出来ない。口にした場合、三日間食事が抜きになってしまう。

「うぅ……」

クゥ~……

隣で腹の虫を鳴らしているエリーゼをマリアは少し見た後スープをスプーンで掬って飲む。

エリーゼは農園で育てているリンゴを食べてしまったため三日間食事を取れてない。

罰を受けている者には食事を施すことが禁止されており、基本的に与えた者は厳重な注意を受けることとなる。

事実、何度も罰を受けるエリーゼを見ていられなくなったマリアがパンを与えた際、マリアは懲罰房に丸一日閉じ込められることとなった。

ごちそうさま(ラ・パルーネ)

「「「「ごちそうさま(ラ・パルーネ)」」」」

食事を食べれた事の感謝の言葉を伝えた後、各自の仕事場に向かう。

修道女たちはそれぞれ当番制の仕事とは別に裁縫や小物の制作、治療院と言ったそれぞれ自分の仕事を持っている。

エリーゼにも仕事が与えられ、ここ裏手にある農園の管理を任されている。体力を多く使う仕事だが腹を減らしているエリーゼにとっては苦行に等しい。

「シスターマリア」

「何でしょうか、シスターミレーネ」

「手紙です。必ず拝読するように」

回廊を歩いて仕事を向かっている途中、眼鏡をかけた三十路のシスターから五つの手紙を貰う。

貰った手紙を手に持ちながら礼拝堂の奥の奥にある部屋に入る。

部屋の中には普通の本からスクロール形式、石板まで本棚に敷き詰められおり、本のインクの匂いが微かに充満している。本の中身も様々で、古い文字で書かれたものから比較的読みやすいものまで、様々だ。

「さて、手紙の中身は……」

備え付けの椅子に腰掛け手紙の内容を読んだ瞬間マリアの目からハイライトが消える。

手紙の内容は全て貴族や王族のお見合いの話だった。しかも、そのどれもが高位の貴族や大国の王族なのだ。

神に仕える修道女たちは基本的に結婚できない。だが、外部から結婚の打診が来た場合本人の意思によっては結婚する事ができる。

その大半は貴族だが、ごく稀に王族からもお見合いがくる事もある。

「お断りをしよう」

お断りの手紙を手慣れた手付きで書き終えると本棚の埃を落とす。

落ちた埃は備え付けられた箒で払いゴミ箱に入れる。

一通り終えたところでマリアは部屋の外に出る。

「よいしょ……」

教会のほぼ中心ある井戸から水を掬いあげると桶に入れて部屋に戻り雑巾で床を拭く。

実を言うと、教会の中に井戸があるのは珍しい方である。

多くの修道院の場合近くの川まで水を汲みに行かなければならないためかなりの重労働になるらしい。

修道院の外から出ないマリアですら研修のために別の修道院に行った修道女から聞いている。

「もう一頑張り……!」

少し汗ばみながら雑巾をかけ終える。

今は初夏。窓がない天井近くにしかないとは言え、少し汗ばんでくる。

そのため、マリアの修道服が体に張り付き、綺麗なボディラインが更に強調されてしまう。

(まあ、ここに人が来ることはありませんけどね)

内心慢心したような言葉を言いつつ持ってきたタオルで体を拭き、本棚の本の一冊を手に取り読み始める。

『魔術の理論解析』と言う題名(タイトル)で、内容は魔術について図を入れてまでこと細かく書かれている。

魔術とは、魔力と呼ばれる魂より放出される生命エネルギーを利用し法則を歪める特殊な技術である。

魔力には色のようなものがあり使える使える魔術、使えない魔術とある。また、魔力の特性によっては規格外な力を操るものまである。

そこから先は複雑な暗号によって書かれているためマリアには読めなかった。

(本当に、宝の持ち腐れですね……)

本を元の棚に戻しながら残念なものを見る感じでため息をつく。

世界において魔術は研究することを厳しく禁止されている。

理由は『神の奇跡を冒涜するから』である。

魔術的な理論で行くならば神の奇跡とされている現象全てを説明することは可能だ。だが、それでは教会の品位はかなり落ちてしまう。神の奇跡と言う『超常』から人間の『技術』へと格下げされてしまう。そのため、魔術そのものを使うことも研究することも禁止してしまった。

その結果、世界では魔女狩り……魔術を使える者を捕らえ殺す事が合法なってしまった。それも、極めて残忍な手法で。

その過程を経た果てに百年近く続いた戦争が起きることとなってしまう。

ここに敷き詰められている本は全てが禁書に指定された代物で、教会にとって不都合な事実や魔術関連の書物、様々な国の地図などが敷き詰められている。

勿論、ここの本を読んではいけない。読んだことがバレた場合魔女認定され即刻処刑される。現在でも魔女狩りが横行しているため処刑はほぼ確定である。

「まあ、見つかることはありませんが」

余裕綽々な態度でマリアは新しい本を取り出して読み始める。

この部屋にはそもそも神父や誰一人として入って来ることがない。処刑可能性のある本がある場所に好んで入らないし入りたくないのだろう。

事実、マリアが二年間この部屋の管理を行っているがエリーゼを含め誰一人としてこの部屋に入ってきていない。これは殆んどこの部屋から離れないマリアだからこそ分かる事である。

(その分、私は知識を蓄えれる)

本を読むのはマリアの知識欲を満たすためである。

教会が強い力を持っているため、教会が発表している歴史が正しいと考えられている。

だが、その歴史はかなり矛盾が生じてしまっている。それに興味を持ったがために禁書庫の本を読み始めたのだ。

この国の歴史は勿論、その過程で『エリクシール』や『賢者の石』と言った不老の薬を生成法を知ったり魔術の様々な理論、この国の周りの地図をを知ることができた。

(今日も日差しを浴びながら本を読みますか)

唯一日光の入る窓から差し込む光を浴びながら手に取った歴史書を読み始める。

だが、途中で眠たくなり始めたため途中で読むのを切り上げて背凭れに凭れかかって仮眠を取ることとなるのだった。

その寝顔は、少し微笑んでいた。


マリアが睡眠してから時間が経過して夕方となり食堂に集まる。

隣ではエリーゼが目をキラキラと輝かせて待っている。三日ぶりの食事だ、仕方ないだろう。

(……まあ、食事の方は何時も通りですけど)

テーブルに並んだ食事はパン二つに野菜のスープ、果物に葡萄酒。

朝、夕の食事は基本的に変わらない。味つけは基本的に作っている人によって変わらないがハーブが普通である。

いただきます(ラ・ペール)

「「「「いただきます(ラ・ペール)」」」」

朝と同じように神への感謝を伝えご飯を取り始める。

毎日同じような食事に飽き飽きとする人は多い。だが、それを言ったところで『神への感謝がない』とされ懲罰房に三日間入れられることとなるため誰も言わない。

ごちそうさま(ラ・パルーネ)

「「「「ごちそうさま(ラ・パルーネ)」」」」

食べ終えたところで神への感謝を告げそれぞれ自分の好きな事をし始める。

修道女にも自由な時間がある。だが、大衆の娯楽と言うものは禁止され本を読んだり勉強をしたり、アクセサリー作りの内職をするしかない。

マリアも例に漏れず本を読む。勿論、教会が検閲した『正しい本』ではあるが。

――勿論、マリア自身誰とも会わずに禁書を読める立場にはある。だが、その知識を公には広げない。その知識は全てが禁忌。知られれば魔女狩りで処刑されてしまう。

(……やはり、教会の『正しい本』と言うのはどれもこれも、嘘と欺瞞ばかりですね)

公式の歴史書を読みながらマリアの心は冷えきる。

公式の歴史書で多数書かれている『英雄』は確かに実在していた。だが、その経歴は基本的に教会によって都合の良い内容に変えられている。

幼い頃に天恵を受けた。

神への祈りで神託を得た。

神の加護がある。

そんな歴史が公然と書かれている。実際に見たわけではないのに、だ。魔術を最低限でも学んだ者ならその全てが神の奇跡ではなく魔術だと理解できる。

神に仕える者の中でマリア一人、たった一人だけ神の存在を信じていない(・・・・・・)。正しい歴史、正しい知識を持つマリアの中に神への信仰心はないのだ。

「うーん、ここはこうで……いや、こうかなぁ……」

「いえ、ここはこれですよ?」

「あ、ありがとうマリア!」

歴史書を読んでいる隣で頭を悩ませるエリーゼにマリアは答えを教えると嬉しそうに笑う。

エリーゼは魔女狩りの執行部隊『粛清使徒』になる事を夢見ている。そのため、試験のために他の修道女たちとは違い普通よりも何倍も難しい問題を解かなければならない。

マリアも一度『粛清使徒』になるための試験を受けたことがあり、合格している。だが、『粛清使徒』の座を蹴り修道女としての生活を続けている。

(やり方が気にくわないんですよねぇ……あんな方法では本物と偽物の区別がつかないんですよね)

マリアが『粛清使徒』にならなかったのはひとえに魔術を使う魔女との判別方法があまりにも残虐かつ不確かなものだったからだ。

例えば、炎で熱した鉄の棒を当てて火傷したら魔女、火傷しなかったら神の加護があり魔女ではない。

例えば、湖の中に突き落とし湖面に上がってきたら魔女であり上がってこなかったら魔女ではない。

方法そのものが死ぬ危険がある上、魔女だろうとなかろうと魔女認定をされてしまう。

それでも行っているのだからマリアは辟易として『粛清使徒』の座を蹴ったのだ。

「そろそろ就寝の時刻です」

チリンチリンと鳴るベルの音で全員立ち上がり自室に戻る。

戻り終えた後、マリアは修道服を脱ぎ何時もの姿になりベッドに潜り眠るのだった。

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