これからのことと、呼び方 ③
「わたし……歩けない」
「そうだろうな。その身体はずっと動きを止めたままだったからな」
「……パパに、迷惑、かける」
好きにしていいとパパはいっていたけれど、そもそもわたしは歩くことさえもできない。わたしはパパに迷惑をかけてしまうのではないか。パパは好きにしていいよといってくれていたけれど、それでも本当にパパが嫌な気持ちになるのではないか……って。
聞きたいことは沢山あったはずなのに、口からこぼれ出たのはそんな言葉で……、わたしはこの二年で弱くなったんだなと思った。身体を奪われる前のわたしは、もっと自分のやりたいことを口にして、人の迷惑なんて考えなかった。――だからこそ我儘って言われていたのだろうけれど。
「迷惑ではないだろう。その身体はどの魂が入ったとしても歩くことは難しかっただろう。歩けるようになるまでは俺がお前を移動させるから心配しなくていい」
「でも……」
「そんな顔はする必要はないと言っている。お前は子供だろう。子供はもっと我儘なものだと聞いた」
じっと、そのまっ黄色の瞳に見つめられる。なんと言ったらよいか分からなくて、困っているとパパが立ち上がった。そしてわたしの隣に立つ。パパに見下ろされる。
「神の悪戯のせいか」
「え?」
「俺の顔色を伺い過ぎだ。もっと自由にしろ。そうじゃないと研究対象にならないだろう」
パパはそんなことを言う。
わたしがやっぱりなんと答えていいか分からなくて、口ごもるとパパはその右手をわたしの頭に置いた
パパがわたしの頭を撫でている。
どうして頭を撫でられているのだろう? とパパのことを見上げれば、パパは眉を顰める。
「子供は撫でられると嬉しいんじゃないのか?」
「え、あ」
パパはわたしを嬉しがらせようと頭を撫でていたらしい。
「う、嬉しいよ」
なんとか声をあげてパパに嬉しいという気持ちを口にする。わたしはパパに頭を撫でられることは嬉しい。パパの手はわたしのことを気遣った思いやりに満ちた手だ。
「そうか」
パパはそれだけ言って、無言のままわたしの頭を乱雑に撫でた。
髪がボサボサになったけれど、パパから頭を撫でられたことが嬉しかった。
「パパ」
わたしがパパを呼べば、パパの手が止まる。
「わたし、聞きたいことある」
「なんだ」
「神の悪戯」
「自分に起こった現象について詳しく聞きたいのか。いいぞ。俺が知っていることなら詳しく語ろう」
パパはそう告げて、神の悪戯のことを詳しく話してくれた。
「前も言ったように百年に一度ぐらいでどこかのタイミングで元々の魂を追い出して、他の魂が身体に入る現象だな。これは確認されているものは少ない。知らない間に他人に変わっているが、俺のように魂まで見れなければ気づかないままのことも多い」
「パパ、見える?」
「そうだな。俺は魔導師だからな。人に見えないものだって見えるさ。魔力で本人かどうかぐらいは感じられるからな。お前は魂でも――燃えるような炎を感じさせる魔力だった。その身体に入っても炎の気が強いな。きっとその魔法が良く使えるだろう」
パパには魂だけになっていたわたしに燃えるような炎を感じたらしい。魂にそういうものを感じるというのがよく分からないけれど、それはわたしが火の魔法が得意なクイシュイン家の娘だったからなのだろうか。
「その異なる魂が身体に馴染むまでの期間は一年程度と言われている。実際にすぐに気づかれた場合は元の魂が身体に戻ったらしい。身体を奪っていた異なる魂がその後どうなったかは分からないが、自分の身体を取り戻した神の悪戯の被害者は記録を残していた。この世界では神が悪戯を起こし、時折そんな現象を起こすというのをきちんと説明していたんだ。もし自分の身近な人が今までに違う行動を起こして、違う存在に思えたならその悪戯が行われた可能性があると。お前の家はその記録を知らなかったのか、それとも知っていても別人の魂が入り込んでいると思わなかったのか」
「……わたし、また同じ、ある?」
わたしはパパの話を聞きながら、この新しい身体でも――ベルレナとしてでも同じように神の悪戯が行われる可能性があるのだろうか。わたしはそれを考えて不安になった。
わたしは、わたしの身体を奪われた。
誰一人、わたしとあの子が入れ替わったことなんて気づかなかった。
この二年は、本当に悲しかった。パパが見つけてくれるまでわたしは独りぼっちだった。また同じ目にあったら、わたしは今度こそ消えるだろう。また同じ目に遭うのが怖いなと思った。
「それは問題ない。お前が今、身体を動かしにくいのも全部、その身体にお前が馴染んでいないからだ。お前がその身体に入るという行為は、神の悪戯とある意味一緒だ。魂が入れ替わりが出来るのは一度だけだ。一度入れ替われば、その後は身体が魂が入れ替わることに耐性がつくからな。それに……」
パパはわたしの方を見て、続けて告げる。
「俺はお前の魂が例え入れ替わったとしたら分かるからな。仮に起こったとしても、すぐに戻るだけだ」
パパが不敵に笑う。
その表情は何処までも自信満々で、その表情を見てわたしは安心した。
そしてパパと話していると、急に眠くなってきた。この身体が長い間、眠っていたからだろうか。
「眠いのか」
「……うん」
「じゃあ寝ろ。ベッドには連れて行く」
「……ありが、と」
そう口にしたと同時に、私は夢の世界へと飛びだっていた。