幕間 悪役令嬢の兄 ①
僕の名前はズーワシェダ・クイシュイン。
クイシュイン公爵家の長男だ。
僕には可愛い妹がいる。可愛い妹であるベルラはガトッシ殿下の婚約者であり、ガトッシ殿下の事を心から好いている。
お兄様、お兄様と僕のことを呼んで、嬉しそうに笑いかけるベルラを見ると僕も両親も思わず笑みをこぼしてしまうものだった。
僕は正直言うと、昔はベルラに何とも言えない感情を抱いていた。もちろん、可愛い妹だとは思っていた。けれど昔のベルラは我儘なことばかりいっていて、その我儘を言うベルラのことを父上も母上も可愛がっていて、何でもいうことを聞いていた。
当時の僕は父上と母上がベルラに取られてしまった。ベルラは可愛い妹だけれども、ベルラの我儘は行き過ぎたものも少しあって、もう少しベルラが落ち着いてくれたらってそう思っていた。
このまま甘やかされて行けば、ベルラはどうしようもない令嬢になるのではないかってそんな懸念もあったのだ。
父上と母上は今は子供だからといってベルラの我儘を許容していて、注意などあまりしていなかったから。だから僕はベルラが「今まで我儘ばかり言っていた」と反省して、立派な令嬢になっていったのを見てほっとした。
体調を崩してしまった時は心配したけれど、今ではベルラはすっかり元気になっている。
ベルラは年下だと思えないほどに大人びた少女に育った。誰にでも分け隔てなく優しくて、王太子の婚約者として一生懸命で――完璧な令嬢と言われている。
もしベルラが本当にすべてを完璧にこなせる妹だったら僕は少しもやもやした気持ちを抱えてしまったかもしれない。ベルラが完璧な令嬢と呼ばれるようになって、僕も完璧を求められ――プレッシャーも感じることがあった。
だけどベルラは魔法が得意ではなかったり、そういう部分が人間味を感じさせる。勉強熱心なベルラと比べられることもあるけれど、ベルラは「お兄様は素敵ですわ」と笑顔を向けてくれて、益々ベルラは可愛い妹だと思った。
「ズーワシェダ様、ごきげんよう」
僕はクイシュイン家の長男なので、僕の婚約者になりたがっている令嬢は多い。僕はベルラのように誰かを好きというのもなくて、正直ガトッシ殿下のことを心から好きだと示しているベルラが羨ましく感じることはある。
ベルラは僕に好きな人がいないかとか気にしているけれど、貴族の子息だから政略的に婚約を結ぶこともあるだろう。その相手が僕にとって心が許せるような存在だったらいいなとそんな風に思っている。もちろん、僕も婚約者が出来た時、婚約者と仲良くできるように努力しようと思っている。
それはベルラとガトッシ殿下の婚約者関係を見ていて、やっぱり婚約者は仲が良い方がいいなと思ったからというのも大きな理由だ。
僕はベルラに沢山の影響を与えられている。
それを実感すると、益々ベルラが可愛い妹だと思えた。ただ以前のように我儘をいわなくなったのは、急に大人びたように感じて寂しくも思う。無理をしていないか、前みたいに我儘をいってもいいとベルラに告げたことはあるけれど、ベルラは昔のように要望を言わなくなった。
願わくは、急に大人びてしまったベルラがガトッシ殿下にはもっと甘えられたらいいなと思っている。
「ズーワシェダ。ベルラ様は――」
「ベルラ様は――」
僕の知り合いは、ベルラの事をよく話題にすることが多い。もちろん、僕自身に気に入られようと僕の話ばかり問いかけてくる人もいるけれど、ベルラは目立つから話題にしやすいのだろうと思う。
まだ九歳なのにベルラはすっかり貴族社会で有名になっている。僕はそんなベルラに負けないようにもっと努力していこうといつも思っている。
お茶会から帰宅すると、ベルラが僕の元にやってきた。
「おかえりなさい、お兄様」
そう言って笑いかけるベルラの笑みを見ると、僕も笑みを浮かべてしまう。
僕の家の使用人たちも、ベルラがこうして嬉しそうに笑っているのを見るのが好きみたいで、よくベルラを見てにこにこしている。
「ただいま、ベルラ」
「お兄様、今日はどういったお話をなさったの?」
「そうだね、今日は――」
ベルラは帰宅した僕に一生懸命いつも話しかけてくる。
僕もベルラも貴族の子供だから勉強などで結構忙しい。でもその忙しい合間で、こうして家族の時間をとれることが僕は嬉しい。
ベルラがこうして父上にも母上にも、僕にも沢山話しかけてくれるからこそクイシュイン家は家族仲が良い方なのだと思う。
僕は立派なクイシュイン公爵になれるように、そして可愛い妹が幸せになれるように僕は頑張ろうと思うのだった。




