幕間 身体を奪ったあの子 ④
私は相変わらず、『ライジャ王国物語』のベルラ・クイシュインのように火の魔法が上手く使えない。そのことは予想外だったけれど――、それはそれと割り切ることにした。
乙女ゲームの世界に転生したとはいえ、此処は現実だからこそ乙女ゲームの世界とすべてが同じであるわけがないのだ。私という転生者のイレギュラーがあるわけだし。
ネネちゃんとアルバーノと仲よくしようとしているけれど、今の所、全く仲良くなれる気配がない。……目を合わせて話しているからこそ、私が幾ら仲よくしようとしても、ネネちゃんとアルバーノが私と仲よくしようと思っていないことが分かる。もちろん、表面上は笑っているけれど――、乙女ゲームのベルラは出来たのに、どうして私には出来ないのだろうと理由が分からなかった。
――私がベルラになって既に三年が経過している。
九歳の誕生は、盛大にお祝いがされた。お母様も、お父様も、お兄様も――そして仲良くなった貴族の子供たちもお祝いをしてくれた。そして、私の推しであった第一王子ガドッシ・ライジャとの出会いもあった。
初めて会ったガドッシ殿下は、本当に美しかった。銀色の美しい髪の少年で、まるで天使か何かかと思ったわ。その美しさに私は見惚れてしまったものだった。確かガドッシ殿下の設定では、ベルラ・クイシュインのその美しさに向こうも一目惚れするのよね。それでいて、どんどん我儘になって、気に食わない相手を排除したりと――悪役令嬢として相応しい名前になっていくベルラに愛想をつかす。
まだ子供で素直になれないガドッシ殿下は、ベルラに最初冷たい態度を取ってしまったりするのよね。
実際に私もそういう態度を少し取られたし。私は中身が大人だからそういう態度も分かって、ガドッシ殿下も私を気に入ってくれたと分かって嬉しかったわ。
そして私はガドッシ殿下と婚約する事が出来た。
ガドッシ殿下に嫌われないように、乙女ゲームの悪役令嬢のベルラのようにならないようにしないと。
ひとまず、ネネちゃんとアルバーノとは仲良くできていないけれど、他の子たちとは友好関係を築けているわ。もっと交流関係を広げて、フラグをなんとか折っていかないと!
「ベルラ、良かったね。ガドッシ殿下と婚約が出来て」
「ええ。とても嬉しいですわ」
お兄様の言葉に私は頷いた。
私がガドッシ殿下を好いているのは、家族にはバレバレらしい。それはちょっと恥ずかしいけれど、家族も私の幸せを願ってくれていることが分かって嬉しかった。当然、私とガドッシ殿下の婚約には政略結婚的な意味合いもある。
クイシュイン公爵家としての政治的な一面でそう言う婚約が結ばれたのもある。――だけど、私が本気で嫌がったらお父様は私とガドッシ殿下で婚約を結ぶことはしなかっただろう。
ゲームのベルラもファンブックで、ガドッシ殿下との婚約を大変喜んだのだと書いてあったっけ。
お父様が話しているのを聞いてしまったのだけれど、私が三年前に倒れてしばらく体調を崩していたこともあり、少し前まで私が婚約者になることが確定していたわけではなかったらしいの。
王族に嫁ぐからには、健康でなければならない。後継ぎがいなければならないからである。そのあたりが不安視されていたようだ。あとはクイシュイン家の娘なのに火の魔法が上手く使えないことも……。この世界は前世よりも血筋などを重要視しているのだ。
思えば、乙女ゲームの世界のベルラは、小さい頃に倒れて体調不良の時期があったという情報は何処にも載っていなかった。そして火の魔法が得意だった。……乙女ゲームのベルラは、健康体で、火の魔法が得意で、身分も釣り合ってということから婚約者に確定したのだろう。
私はベルラとして目覚めてからフラグを折りたいと一生懸命だった。その結果、出来が良いと評判になって、ガドッシ殿下と婚約が結べたみたいだった。
それを思うと、より一層、私は頑張らなければならないと思った。転生者である強みを生かして、次期王妃として相応しくならないといけない。それは前世で一般人であった私には少し重圧だけれども、それでも――お会いしたガドッシ殿下の姿と、前世の記憶に残るガドッシ殿下の将来の姿を思って、頑張りたいと思ったのだ。
乙女ゲームの舞台は、学園の高等部に入ってからだ。乙女ゲームでは描かれていなかったが、学園自体は十三歳からある。乙女ゲーム自体は、十六歳になる年に始まるのだ。家の事情などにもより、十三歳から通うものもいれば、十六歳から通うものもいるらしい。
逆に十三歳で入学し、十五歳で卒業して高等部には通わない人もいるそうだ。ただそのパターンは少ないらしい。貴族は基本よっぽどの事情がない限り、六年間通うのが当たり前になっているとのことだった。他国に十五歳で嫁ぐから、高等部に通わない貴族とかはいるみたいだけど。
そう考えるとヒロインは大変だろう。
元々平民で幸せに暮らしていたのに、両親が亡くなって、大変な目に遭う。しかし十五歳になる年に、叔父だと名乗る貴族が現れ、引き取られるのだ。
それで高等部から入学するというパターンで、貴族の令嬢として入学しているけれど、馴染めないとなると……学園で浮いても仕方がない。それでただでさえ学園で浮いているのに、攻略対象たちと仲良くなってだと本当に大変だ。
ヒロインが入学したら、優しくして、良い関係を築かないとね。
ヒロインはプレイヤーが操る人物だからこそ、設定はあっても情報は結構最低限だった。だからこそヒロインが実際に今、どこにいるかは私には分からない。ヒロインの場所が明確にわかっていたらどうにかヒロインに接触することが出来たのだけど……。
そこまで考えて私は首を振る。
できもしないことを考えても仕方がない。まだ私は九歳なのだから、出来ることから一つずつこなしていかないと!
そう決意して私は、ヒロインの事は一旦頭からどけてガドッシ殿下と仲良くなるために動く事にした。




