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幕間 悪役令嬢の取り巻きの兄 ①

 物心をついた時から、俺、アルバーノ・オーカスには人のことが色で認識されていた。もちろん、髪の色や目の色といった身体の情報や表情だって視覚的に見えるけれど、それよりもその人の本質自体は、色で判断する方が正確だった。




 最初は誰にでも人の事が色で見えるのだと思っていた。だからそのことを口にしていた。でもそうすれば母上も父上も兄上も怪訝な顔をしていた。



 日に日にあたたかな色だったものが、俺と話す時に歪なものに変わっていた。その色の変化は、目の前の人たちの俺に向ける感情の変化だとはそのうち何となくわかっていた。

 母上や父上や兄上は、俺の言っている言葉を嘘と判断し、俺の言葉を怪訝に思っていたのだ。侍女たちだって、表面上はにこやかでも俺のことを変な子供だと裏で笑っていたのを知っている。





 そこでようやくその色は、人には見えないものだと分かった。




 なので、俺は気づいてすぐに見えないふりをすることにした。

 見えるからこそ分かる目の前の人の性格や、何かしでかすかもしれないということを家族に警告の意味で伝えることも、きちんとした証拠がなければ信じてもらえない。



 その人自身の魂の色だと言えるものは、俺にとってその人がどういう性格であるかの証拠であったけれども、そんなもの両親たちが信じるわけがない。見えないのだから仕方がない。だからきちんとした証拠がある時のみ、あの人は何かやらかしそうだとかそういう情報をいうことにした。




 子供が言った情報が時々あたったりすることや、俺が子供らしくない子供だったからか両親の俺への変化は少し不気味だけど有能な我が子という認識に収まったらしい。俺に対する愛情がないわけではないだろうが、俺を少し不気味がっている。

 それで兄上は両親が俺を優秀だと言うことで嫉妬心を覚えたのか、成長するにつれ俺に向けるその感情は変化していっていた。弟である俺に対する愛情がないわけではないらしいけれど、俺に活躍してほしくない、それで家督を奪われたくない――と思っているようだ。別に俺には伯爵家当主なんて地位はいらないのに。







 妹であるネネデリアが生まれ、彼女は家族に愛されて育った。俺はあまり関わらなかった。何故なら兄上に懐いているネネデリアが俺を慕うとは思わなかったからだ。

 ただ年は俺とネネデリアの方が近いからお茶会に行く時は一緒だった。









 ――ネネデリアと一緒に向かったお茶会で、俺は興味が惹かれる美しい赤色に出会った。美しい赤色の髪と、水色の瞳を持つ、気の強そうな令嬢。――ベルラ・クイシュイン。公爵家の一人娘。

 意志が強い瞳で、命令口調だったりするけれど――その魂の色は何色にも染まらない赤色だった。それでいて、芯が真っ直ぐなのだろう、その色や形にぶれはない。ただただ自分という存在を確立してそこにいる。




 ベルラ様にとって、自分の我儘が通るのも、自分の方が偉いのも――それは当然だったのだ。周りの現状も気づくこともなく、ただそれが当たり前だと、曲がらぬ意志があった。

 ベルラ様は我儘な令嬢ではあったけれど、だからといって周りから嫌われるような令嬢ではなかった。自分がこう思ったことをはっきりという――空気の読めない所はあったかもしれないけれど、ただただ真っ直ぐだったのだ。





 俺はその美しい赤色に、心惹かれた。





 子供は、大きくなるにつれその魂の色を変えていく。何かの拍子に歪になったり、その色が変わっていったり――それは今まで生きてきて周りの色を観察してきて分かったことだ。

 ベルラ様の美しい色も……、大きくなるにつれ綺麗じゃなくなるかもしれない。だけどこの心惹かれた赤色が、ずっと綺麗なままでいればいい。ずっと見ていたい。そう思った。だからこそベルラ様の兄とも仲よくしようと思っていたのだ。






 そんなある日のことだ。





 数日ぶりにネネデリアと会った時、ネネデリアの魂の色が違った。歪な色と形だった。ネネデリアの本来の色を塗りつぶして、ネネデリアのふりをしていた。





「——お前は誰だ。ネネデリアではないだろう」





 その瞬間、そいつは目を見開いて、ネネデリアの色へと戻った。





「アル兄様!! アル兄様、アルにぃさまぁっ」

「今度はちゃんと、ネネデリアか。なんだ、あれは」

「わかんなぃいい。急に私の身体、使ってて!! 誰も私じゃないってきづかな……くて!! アルにぃさま!!」





 ネネデリアは大泣きしていた。




 詳しく話を聞けば、急に数日前、何者かに身体を乗っ取られて自分は追い出されていたらしい。ぞっとする出来事である。俺は色が見えるから分かったけれど、色の見えない周りは分からなかったらしい。……でも結局中身は別人なので、仕草や言動で分かりそうなものなのだが、人にとって姿形というのは重要なものなので分からなかったのだろう。





 それから俺は疎遠だった妹のネネデリアと仲良くなった。そしてネネデリアは自分に気づいてくれなかった周りに冷たくなった。そのせいで俺が何かしたのではなどと両親や兄上に問い詰められて面倒だった。

 それにそういう態度はこれから生きていくために取り繕った方がいい。






「ネネデリア、お前がお前じゃないと周りが気づかないのも仕方がないだろう。そうやって冷たくするより愛想よくして仲よくしたほうがやりやすい」

「でも……私に気づいてくれなかった!! アル兄様だけだった!!」

「……俺は人の色みたいなのが見えるからだ」

「色?」

「ああ。その人自身の色というか、なんとなく、その人の性格か魂か、何なのか分からないけど見えるんだ。これは俺とネネデリアの秘密な。あの“ネネデリア”はネネデリアとは違う見え方をしていたから」





 これで信じてもらえなくて、嘘つきと言われても別に構わない。元々疎遠だったのだ。

 そう思っていたけれど、ネネデリアはキラキラした目で「そうなんだ……。アル兄様凄い」といった。




 俺の他とは違う部分を、身体を乗っ取られるということを経験したネネデリアは受け入れた。そして俺はそれから妹としてネネデリアと仲よくすることになった。




 ……何よりネネデリアは、ベルラ様に心惹かれている同士だった。兄妹だからなのだろうか、同じような人間に心惹かれるのかもしれない。ネネデリアはベルラ様の色を見えなくても、ベルラ様の真っ直ぐさに心惹かれていたのだ。

 そういう意味で真に俺とネネデリアが同志だったのも仲良くなった理由だろう。





 ベルラ様が体調不良ということで、二人して心配していたものだ。ベルラ様が二年ぶりにお茶会に復帰するという情報に「お祝いをしよう」と侍女にケーキを作ってもらったぐらいだった。





 ちなみに今まで自分に懐いていたネネデリアが、俺にべったりになったため、兄上には前よりも敵視されるようになった。……あくまで家族だから俺を完全に嫌っているわけではないが、それでも両親の評価も妹から慕われる兄の役目もとられたと思っているようだった。






 それからネネデリアと一緒にベルラ様が復帰するお茶会に行ったわけだが、そこにはベルラ様はいなかった。

 いや、“ベルラ・クイシュイン”という名の、何かはいた。けれど、俺の心惹かれたベルラ様じゃなかった。






 ベルラ様の真っ直ぐで美しい何色にも染まらない赤色は、その女には存在しなかった。歪な形をした、魂。色も一色ではない。……大人になればなるほど思惑などが絡んで、その魂は歪なものが多い。その魂は大人のものだ。大人が、無理して子供のフリをしている。――だからこそ、余計に歪に見えるのだろう。

 ベルラ様はクイシュイン家の代名詞である火属性に適性があるような魂だったけれど、この女の魂は違う。どちらかというと、水とかの方が得意そうに見える。それでいて周りの子供たちに対する感情は、友達とかそういうものではなくて――上手く取り繕おうとしているだけのように見えた。

 大人が子供に合わせて仲よくしようとしているような――対等ではない、自分の方を無意識に上だと思っているような、そんな態度。




 ベルラ様の真っ直ぐさの欠片も残っていなくて――、それでいてなぜかネネデリアと俺に執着を見せる。見ていて気持ち悪くなるような、よくわからない欲望に満ちた魂だった。










「――今までごめんなさい」






 今までのベルラ様の態度を謝っていた。ベルラ様の態度は確かに我儘で、それを嫌がっていたものもいた。――けれど、そんな元々のベルラ様を完全に否定にかかる、今までのベルラ様は嫌われて当然だと言う態度も気持ち悪かった。




 少なくとも俺も、そして隣で何とも言えない表情のネネデリアも――この目の前の心を入れ替えて優しい少女になったものではなく、以前の意志が強くて、真っ直ぐな強烈な赤色を纏ったベルラ様を求めていたのに。






 そもそもの話、ただ何かの出来事があって魂の色や形が変わっただけなら昔の面影が残るものである。それが一切残っていなかった。

 ネネデリアがなにかに奪われた時はまだ残っていた。――それはネネデリアが戻って来れる可能性があったと言う証だろうと思った。――なら、欠片も魂が残っていないベルラ様は? ベルラ様は……消えてしまったのだろうか。






 そう思うと、どうしようもない喪失感と悲しみが残った。

 ベルラ様に心惹かれていた俺の気持ちが、何なのか、俺自身も正確には分からない。けれど失ってこれだけ悲しくなるのは、俺がベルラ様に少なからずの執着を持っていたからだと思う。それが、ネネデリアのような少女が憧れる恋のようなものだったかなんていうのは俺だってわからない。






 けれど、ベルラ様はいなくなってしまったのだ。




 ネネデリアはベルラ様は何処に行ったのだろうと沈んだ顔で探している。――俺は心のどこかで本当にベルラ様は消滅してしまったのではないかという結論に至って、落ち込んでしまっていた。ネネデリアにはそれはいっていない。……証拠なんてない。俺だってベルラ様が消滅していないならいてほしい。






 でも俺たちがまたベルラ様と出会える可能性は限りなく低い。





 そうして落ち込んだまま暮らして一年が経った。ベルラ様のふりをしているあの女の評判はいい。前より我儘ではなくなり、気安くなって、淑女の鏡だなどと言われている。俺とネネデリアの心惹かれていたベルラ様よりあの女の方がいいと言う周り。一人の魂が消滅したかもしれないのに気付かない周り。……気持ち悪いなと思った。





 思えば俺はあんなに美しくて真っ直ぐなベルラ様の魂に出会ったから、ベルラ様がどんなふうに魂を変質させていくのか楽しみだと心躍らせていたけれど、元々俺は色が見えるからこそこうして年の割には荒んでいたのだ。ベルラ様に出会う前に戻っただけなのに……、何だか前よりも世界が色あせて見えた。







 そんな中で、俺は見つけたのだ。





 貴族の子息としての交流のために出かけていた帰り道――馬車に揺られる中で、一人の少女を見た。真っ白な髪と、黄色い瞳の少女――、同じ髪と目の色をした父親だろう男と共に居たその少女と目があった。





 ――その魂に、その色に、ベルラ様の面影が見られて、ベルラ様の魂が見えて、俺は目を見開いた。





 綺麗な、真っ直ぐな赤色――揺らがないそれに、光だろうか、温かな色に照らされていた。強烈な赤が少しなりを潜めているけれど、それはなりを潜めているだけで、いざという時には、その芯の強さが出てくるだろう。

 ――綺麗で、真っ直ぐな色。以前とは変わったけれど、それでも俺が今まで見ていたどんな色よりも綺麗で、真っ直ぐで、俺が心惹かれる魂。






 ――ああ、ベルラ様だ。





 理由までは分からないけれど、ベルラ様が、違う姿でそこにいる。その美しい色に見惚れている間に、馬車が動き、ベルラ様は行ってしまった。




 そして放心状態で戻った俺は、ネネデリアに「ベルラ様がいた」と告げた。

 ネネデリアは大興奮していた。そして俺がベルラ様の魂を見かけたことや、身体が違ったことを言えば、「それでベルラ様は!?」と聞かれた。ただそう聞かれても答えられるものを俺は持ち合わせていなかった。







「……ベルラ様の魂に見惚れて何も確認できなかった」

「もー!! アル兄様はベルラ様がかかわるとちょっとポンコツですわね!! でも気持ちはわかりますわ。ベルラ様が居たら私も放心してしまうかもしれませんわ。でも魂が見えるアル兄様だから気づけたのですものね!! ベルラ様を探しましょう」

「ああ」





 あの時、引き留めれば今のベルラ様のことが知れたのに。何で引き留めなかったのか、追いかけなかったのか――幾らその魂に見惚れていたとしても……と後悔した。





「ひとまずベルラ様が見つかったということで、パーティーしましょう!! ケーキ作ってきますわ!」

「ああ。祝おう」





 ネネデリアはお菓子作りが趣味になっていたため、自分でケーキを作っていた。貴族の子供として台所に立つのは褒められたことではないが、ネネデリアが頼み込むので両親は許したのだ。ついでに俺も一緒に作っている。





 俺の自室で行われた『ベルラ様が見つかったお祝いパーティー(ネネデリア命名)』は当然二人のみで行われた。兄上も混ざりたそうにしていたが、それはお断りした。





 あくまでこれはベルラ様が見つかったお祝いだ。

 今のベルラ様を演じているあの女と仲よくしている兄上を混ぜるわけにもいかない。




 それでまた兄上ににらまれたりしたが――ベルラ様が消滅せず、この世界にいてくれたことが嬉しい俺は兄上の態度を気になどしなかった。









 ――それからベルラ様を俺たちは探したが、見つからなかった。けれどベルラ様が消滅せずに生きていることが分かったから、俺たちはベルラ様に会うためにも力をつけることにするのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ディオノレさん神の悪戯のこと常識みたいに話してたけどやっぱりはるか昔の常識だったのか……
[一言] 将来、また会えるかな?
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