パパとわたしの記念日と、居場所の話 ⑤
わたしはベルラ・クイシュインという、昔のわたしと決別をした。――それでもわたしがベルラ・クイシュインであった事実は変わらない。
クイシュイン家を後にしたわたしとパパが何をしているかというと、家に帰っているわけではない。何故かといえば、わたしがベルラだった頃に行った事がある場所をぶらぶらしたいと言ったからである。
急に言った言葉なのに、パパは笑顔で頷いてくれた。
「パパ、楽しいね!!」
「ああ」
こうしてベルラとして生きているあの子を見に行くと決めた時に、わたしはとてもドキドキしていた。不安で一杯だった。だけど、もう“ベルラ・クイシュイン”とわたしは違うのだと実感したら、もうすっかり気持ちは軽くなった。
パパと一緒にベルラだった頃に訪れた事があった街に行ったりした。わたしはベルラだった頃、貴族の家に遊びにいったりぐらいはしていたのだ。
「ベルレナは友達とかいたのか?」
「んー、交流している同年代の子はいたけれど……友達って言えるほど仲が良かったわけではないのかもしれない。わたしは昔は我儘だったし……、あれだけ家の人たちがわたしが我儘だったのを嘆いていたのを見るとわたしがそう思っていても向こうはそうじゃなかったのかなっても思うし」
同年代の貴族の子息令嬢とわたしはお茶会をしていたり、遊んだりしていた。わたしが公爵家の令嬢で、王族がいない集まりだとわたしが一番偉かったから、わたしが中心になって話を進めたり、遊んだりしていたのだ。
だからこそ、家族や家の使用人たちのようにわたしが我儘だったことに嫌な思いをしていた子も沢山いたのかもしれないと思った。
わたしは、あの身体を奪われていた二年間、あの子が大切にされるのをただ見て嘆いていただけだった。たまにあっていた貴族の子供たちのことを考える余裕もなかった。
――でも、きっと、彼らもわたしが我儘でなくなったことにほっとしているのだろうと思った。
家族や使用人たちがそうだったのだ。わたしの一番近くにいた存在がそうだったから、あの子がベルラとして生きることになって、皆ほっとしているのだと思う。
そんなことを考えていたらパパに頭を撫でられる。
「ベルレナ、これから友達も作っていけばいい。一生付き合っていけるような友人をな」
「ニコラドさんみたいな?」
「……あいつは腐れ縁だ」
「もー、パパ、そんなこといっちゃだめだよ? パパとニコラドさんは仲良しじゃん。わたしに友達を作っていけばいいっていうなら、パパだって友達を作って、もっと交流を広めていこうよ」
「……気が向いたらな」
この一年の間、パパの事を訪れたのはニコラドさんだけなのだ。パパは手紙のやり取りは色々しているみたいだけど、実際に会うことはあまりない。ニコラドさんもわたしを引き取ったからこうして度々来ているらしいけど、それより前はあまりパパはニコラドさんとも会おうとしなかったらしい。
わたしの世界が広がって、わたしの交流関係が広がっていくと同時に、パパももっと誰かと仲よくしていけばいいのになぁって思った。
それにパパは魔導師だから長く生きているとはいえ、とてもかっこよくて綺麗なんだもん! パパにお嫁さんとか出来たらきっと素敵だろうなぁなんてパパを見ながら考えてしまった。
そうしながらパパと一緒に歩いていると、貴族の馬車を見かけた。
――そしてその馬車の中に見えたのは、昔、ベルラだった頃に交流があった少年だった。
確か、アルバーノだったかな。妹が一人いて、その子はネネデリアって名前だった。でも家名までは覚えていない。わたしは交流を持っていた貴族の子たちのこともそこまで関心を持っていなかったのかもしれない。
自分のことが一番大切で、自分のことばかり考えていた。
ふと、アルバーノが、わたしを見た。
そしてその目が大きく見開かれた。
……わたしを見て驚いている? ううん、きっと気のせいだろう。パパの娘として生きている“わたし”をアルバーノは知らない。わたしはベルレナになってから、この街に来たこともアルバーノと会ったこともなかった。だから、きっと何かの気のせいだ。
馬車はそのままいってしまった。
「パパ、帰ろうか」
「ああ」
そしてわたしはパパと手を繋いで、街を出た。街の外の森でパパに転移をしてもらって、屋敷に戻る。
「かえってきたね。パパ」
「ああ」
「此処がわたしの家だからね。パパが嫌って言うまで」
「嫌なんて言うわけないだろう」
パパはわたしの頭を無造作にまた撫でた。それが嬉しくて、わたしはまた笑った。
此処がわたしの家で、此処がわたしの居場所。
 




