パパとわたしの記念日と、居場所の話 ③
パパの言っている意味がわたしには分からなかった。ベルラだった時のことを口にされるのが分からなかった。
「……俺はな、魔導師として力がある。だからこそベルレナが彷徨っていたのを発見出来たし、此処で悠々と過ごせている。ベルレナとの暮らしは楽しくて、俺はずっとこうやってベルレナと親子として過ごしていくことを望んでいる。だけど……、ニコラドにも言われたんだよ。俺には力があるから、ベルレナが望むなら家に帰した方がいいんじゃないかって」
「……帰す?」
「ああ。行動が遅すぎるって言われるかもしれないが、俺はな、ニコラドにそういうことを言われても中々行動に移さなかった。けど……ベルレナが、いきたい場所が、昔の家族の元だっていうなら帰した方がいいんじゃないかって……」
パパはそんなことを言う。
真っ直ぐにわたしのことを見据えて。その黄色い瞳を悲しそうにゆがめて。
パパはわたしが行きたい場所が昔の、“ベルラ”だった頃の場所だったのならば帰そうとしてくれているらしい。
……やっぱりパパは優しい。パパは、わたしを利用するといって、わたしを使うといってわたしをここに連れてきてくれたのに。パパはもっと自分勝手に好きなようにしていいのに。なのに、わたしが望むならって、そういうことを口にしてくれている。
「……ねぇ、パパ。やっぱり、パパは優しいね」
「はぁ? 何を言っている。全然優しくないだろう」
「ううん。優しい。パパはね、もっと自分勝手でいいし、わたしのことをもっと適当に扱ってもいいんだよ。だってパパとわたしは血が繋がっているわけでもなくて、ただパパはわたしを拾ってくれただけなんだから。――最初にわたしを使うって言っていたのに、パパはわたしを甘やかしすぎだよ。わたしの意見なんて聞かないで、パパが好きなようにしたらいいのに」
考えてみても、やっぱりパパは優しいのだ。パパはただわたしを拾ってくれただけで、わたしの意見何て聞く必要なんてない。
それでもわたしのことを思って、パパは口にしてくれている。
「あのね、パパ。わたしは昔の家族のことを気にならないと言えば嘘になるよ。わたしの変わりに“ベルラ”として過ごしているあの子がどうやって生きているかとか。でもね、パパ。わたしはね、パパがいてくれたからわたしの代わりに“ベルラ”になったあの子に憎しみとか、そういう気持ち感じてないの」
わたしはパパに出会わなかったら、消えていた。万が一消えなかったとしても、もしその後の暮らしがつらい日々だったら、どうしてわたしの身体を勝手にあの子が使っている? ってあの子を憎んでしまったかもしれない。
だけれど、わたしはパパとの暮らしが幸せで、楽しくて――だから、そういう気持ちを抱いていない。
「パパがわたしと一緒に過ごしてくれたから、わたしは幸せなの。だからね、パパ。わたしが行きたい場所は本当にパパのいるところなんだよ。前向きに考えるとさ、あの時は辛かったけれど、パパと出会わせてくれたから結果的にはありがとうって言いたい気持ちにもなってるぐらいだもん」
わたしがそう言い切ったら、パパはぽかんとした顔をした。わたしがこんなことを言いだすとは思わなかったのだろう。わたしはそんなパパに笑いかけた。
「だからね、パパ。わたしはこれからもパパの娘だよ。パパが……どうしても帰った方がいいっていうならわたしは帰るかもだけど……わたしはパパと一緒に居たいし、パパの娘として生きていきたい。わたしはクイシュイン家の“ベルラ”ではなく、魔導師ディオノレの――パパの娘の“ベルレナ”でいたいの」
「ベルレナ」
パパはわたしの言葉にわたしのことを抱きしめてくれた。わたしの小さな身体はパパにすっぽりと抱きしめられる。そしてパパに頭を撫でられる。
「いつまでもいればいい。俺の娘としてずっと過ごしていけばいい。俺もそっちの方がいい」
「ふふ、良かったー。じゃあ、わたしずっとパパの娘でいる!」
もしパパに断られたらどうしようって、パパに嫌がられたらどうしようってドキドキしていた。でもパパが笑って、ずっと娘でいたらいいって言ってくれたからわたしはほっとした。
「でもベルレナ、本当に見に行かなくていいのか?」
「んー……ちょっとは気になるのは確かだけど」
パパから身体を離して、会話を交わす。
今、あの子がどうやって過ごしているか、興味がないわけではない。
どうやって、どんな風にあの子は“ベルラ”として過ごしているのだろうか。そう考えてわたしはパパの目を見て口を開いた。
「パパ。一種のけじめで、一回だけ見に行っていい? わたしが本当に“ベルラ”と決別して、パパの娘として生きていくためのけじめとして」
「ああ。もちろんだ」
わたしの言葉に、パパは笑顔で頷いてくれた。
――そしてわたしとパパは、今“ベルラ・クイシュイン”として生きているあの子を見に行くことになった。




