パパとわたしの記念日と、居場所の話 ①
目を覚ます。
ベッドの上にわたしは座り込む。
外からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。日差しも登っている。今日は良い天気だ。
冬はすっかり過ぎて行った。
――パパと過ごす初めての冬は、新しい経験を沢山出来て、本当に楽しかった。わたし一人だったら、こんなに楽しいと思えなかったかもしれない。他でもないパパと一緒に過ごせたからこんなに楽しく冬が過ぎたのだと思う。
季節は春。
冬には姿が見られなかった生き物たちが、山の中でわたしと同じように目を覚ましていることだろう。そして冬には見られなかった植物たちが、この暖かい季節には顔を出す。
またパパと一緒に散歩をしたいな。パパに言ったら一緒に散歩に連れて行ってくれるだろうなとそんなことを考えただけでわたしは嬉しかった。
ベッドから降りて、窓を開ける。
気持ちの良い風を感じて、わたしは何だかわくわくした気持ちになる。
それから自分の部屋を見渡した。与えられた頃は、殺風景だった場所がすっかりわたし好みのもので溢れている。
パパと一緒に出掛けた時に、パパが沢山買ってくれたのだ。
わたしが好きなもので溢れた部屋。大好きなパパが買ってくれたもので溢れた部屋。――なんだか、この自分の部屋って空間がわたしは好きだ。大好きなもので溢れていて、パパのことを感じられて、とても安心する。
どこかに出かけると、いつもパパはすぐにわたしに色んなものを買おうとする。それに自然の中にあるものだって、わたしが「綺麗」と口にしただけで持ち帰ろうとするのだ。
思い起こしただけでくすりと笑ってしまった。
この部屋の中はパパとの思い出に溢れていて、わたしにとってはその一つ一つが宝物だ。
もちろん、この“ベルレナ”の身体も。パパから与えられた、パパとそっくりな姿。鏡の前でくるりっと回る。
うん、わたし、可愛い。
なんて自惚れたことを考えてしまった。パパが作ったこのホムンクルスの身体は、とても綺麗なパパほどではないけれど、綺麗な身体をしているのだ。
この身体に入ったばかりの頃は、まだまだ自分の身体だと言う認識が少なかったけれど、今ではすっかりこの身体はわたしの身体っていう認識になっている。
パパを起こしにいかないと! そう思って扉を開けて部屋を出て、鼻に入ってきた匂いに驚く。
食べ物の匂いがする。
何かを焼いたような、美味しそうな匂い。
わたしはそれに不思議な気持ちになった。
パパが料理をしているのだろうか? パパはいつもわたしが起こしにいかないと起きなかったのに。なんて思いながら台所へと向かえば、パパが料理をしていた。
珍しい。
わたしが動けるようになってから、パパは自分で料理なんて全然しなくて、わたしが作っていたのに。どうしてだろう。まさか、わたしの料理が嫌だったとか? なんて考えて少し悲しくなった。
でもすぐに首を振る。
いつもパパは美味しいといって食べてくれていた。パパはわたしに嘘をつかない。なら、きっとそういう後ろ向きな理由ではなくて、何か理由があってパパが料理を作っているのだろう。
何だか身体を奪われ、誰にも気づかれないままになってからわたしは少し思考が後ろ向きになってしまっている気がする。最近はパパと過ごしていて楽しくて、楽しい! って気持ちでいっぱいだけれど。
「パパ、おはよう」
「おはよう。ベルレナ」
声をかけたら、パパがこちらを振り向く。なんか料理をしているパパも素敵だなぁって朝から嬉しくなった。
見ればテーブルの上にはケーキがおかれている。ケーキってお祝い事の時に食べるものだよね? パパはそこまで甘い物は好きじゃないから、そういうお菓子系はあまり家には置いていないのだけど。
たまに出かけた時にわたしが食べている間もパパはそういうの全然食べなかったし。結構な大きさのケーキがおかれているけれど、どうしたんだろう? パパがわざわざ買ってきたのかな?
なんて思いながらじっと、ケーキを見る。
「ねぇ、パパ、このケーキ、どうしたの?」
わたしがそう問いかければ、パパは一瞬驚いた顔をして、わたしの頭に手を置いて、わたしの頭を撫でまわす。
そして、パパは言う。
「――今日は、ベルレナがベルレナになってから一年だろう」
「あ」
わたしはパパの言葉に初めてその事実に気づいて、思わず驚きの声を発した。
そうか、わたしがベルレナになって……、パパの娘になってもう一年にもなるのか。その事実が不思議だった。パパとの暮らしがあまりにも充実していて、楽しくて、もう一年も経過していたことにわたしは全く気付いてなかった。
今日も何気ない一日が始まると思い込んでいた。だけど今日は、“ベルレナ”としてのわたしの誕生日といえる日なのだ。
「誕生日おめでとう。ベルレナ」
パパはそう言って、わたしの頭をまだ撫でている。
そしてパパが続ける。
「今日の主役はベルレナだから俺が家事はやる。ケーキは街で買ってきた」
「ありがとう、パパ!!」
パパの言葉にわたしは嬉しくなって、パパにお礼を言うのだった。




