幕間 悪役令嬢の取り巻きであるはずの少女 ①
「……あの人は、なんなんだろう」
私の名前はネネデリア・オーカス。
オーカス伯爵家の長女で、今年八歳になる。私はお茶会は好きだけど、嫌い。昔まで大好きだったけれど、今はちょっと嫌い。
だって、そこにはベルラ様が――ううん、ベルラ様っぽく振る舞っている人がいるから。
私はベルラ様のことが大好きだった。だってベルラ様は、とても真っ直ぐで、自分の言いたいことをはっきりという人で――ちょっと我儘なところがあったけれど、私は綺麗で、お姫様みたいなベルラ様が大好きだった。
そんなベルラ様が倒れたと聞いた時、私は心配した。心配してベルラ様のことばかり考えていた時、私の身にそれどころじゃないことが起こった。
私が自分の身体から追い出されて、誰かが私の身体を使っていた。私は浮いていて、何にも触れなくて――意味がわからなくて、泣き叫んだ。でもその声も誰にも聞こえなくて、それなのに私の身体を使っている人がいて――意味が分からなかった。
そんな私を助けてくれたのは、アル兄様だった。
アル兄様は……二人いるお兄様のうちの一人で、正直何を考えているか普段から分からない人だった。だけど私と一緒でベルラ様のことを気に入っていたから、私とベルラ様の話を時々していた。それぐらいの、あんまり深く関わっていない兄妹だった。
アル兄様は勉強が好きでよく閉じこもっていて、食事に顔を出さないことも度々あったし。
だけど、あの日――数日ぶりに会った私に――ネネデリア・オーカスという私の身体を使っている人と対面したアル兄様は驚く事を言ったのだ。
「——お前は誰だ。ネネデリアではないだろう」
アル兄様は、他の誰も気づかなかったのに。お母様もお父様も、キデ兄様も、侍女たちも――誰一人気づかなかったのに、アル兄様は気づいてくれたのだ。
そしてアル兄様がその言葉を口にして、私の身体を使っている人が驚いた途端、私は自分の身体に戻ったのだ。
「アル兄様!! アル兄様、アルにぃさまぁっ」
「今度はちゃんと、ネネデリアか。なんだ、あれは」
「わかんなぃいい。急に私の身体、使ってて!! 誰も私じゃないってきづかな……くて!! アルにぃさま!!」
私は自分の身体に戻った途端、それはもう泣いた。普段、大人しくてこんな風に大きな声で泣き声をあげない私がこうして泣くから、侍女達も集まってきて、「アルバーノ様、ネネデリア様に何かしたんですか!?」なんて言われてた。
アル兄様が私に何かして私が大泣きしていると思ったらしい。そんなことない。私はアル兄様からそれからしばらく離れなかった。それに私が私じゃないことに気づかない人達なんて知らない!! って周りに冷たくしてしまった。
周りはアル兄様の入れ知恵で私がこうなったとか散々言っていて嫌だった。
「ネネデリア、お前がお前じゃないと周りが気づかないのも仕方がないだろう。そうやって冷たくするより愛想よくして仲よくしたほうがやりやすい」
「でも……私に気づいてくれなかった!! アル兄様だけだった!!」
「……俺は人の色みたいなのが見えるからだ」
「色?」
「ああ。その人自身の色というか、なんとなく、その人の性格か魂か、何なのか分からないけど見えるんだ。これは俺とネネデリアの秘密な。あの“ネネデリア”はネネデリアとは違う見え方をしていたから」
アル兄様は不思議なことに人が色で見えたりするらしい。アル兄様がそんな能力を持っているなんて私は知らなかった。
「そうなんだ……。アル兄様凄い」
あのままだったらと思うとぞっとする。私はあのまま身体を使われていたらどうなっていたのだろうか――私の身体を使う誰かが私として生きていたのだろうか。
私は家族にこの現象のことを話そうと思っていた。でもアル兄様は言っても頭がおかしいと思われるだけだと言っていた。でも確かに、私は自分が経験したことじゃなかったら「何を言っているの?」と思ってしまったかもしれなかった。
アル兄様が私を助けてくれたから、それから私はキデ兄様よりもアル兄様にべったりになった。でもアル兄様の助言通りに、周りに冷たくすることをやめた。キデ兄様が寂しそうだったけど、それは知らない。だって私を助けてくれたのはアル兄様だけだもん。
アル兄様と二人でお茶会に参加することは多くなったのだけど、ベルラ様は体調を崩しているとのことで全然来なかった。私はがっかりした。ベルラ様の姿を見れたらもっと元気になれたのに。
それにアル兄様もがっかりしていた。
アル兄様の秘密を知ってベルラ様の話を二人でしたのだけど、アル兄様にはベルラ様が何色にも染まらない美しい真紅に見えるんですって!! なんて素敵なの!! ベルラ様には何色にも染まらない真紅は、とっても似合うわ。私もアル兄様のようにベルラ様の色が見えたらよかったのに!! と思ってならなかった。
二年間ベルラ様はお茶会に来なかった。心配で仕方がなかった。——そして八歳になってベルラ様がお茶会に復帰した。
けど、久しぶりに会うベルラ様は、私の憧れるベルラ様ではなかった。
なんだか大人しくて、あの強烈な真っ直ぐさがなかった。視線が違う。動作が違う。ベルラ様はもっと、私を射抜くように見るのに。意味が分からなくて、これは誰なのだろう――私の憧れたベルラ様にはもう会えないのだろうかと思ってがっかりした。
アル兄様もじっとベルラ様を見ていた。
そして嫌そうな顔をしていた。分かりにくい一瞬だったけれどこの二年ずっとアル兄様と仲よくしていた私には分かった。
そして家に戻ったアル兄様は言ったのだ。
「……あれはベルラ様じゃない。ネネデリアと同じことが起こったのかもしれない」
——私と同じ目にあって、ベルラ様は……身体を奪われてしまったのだと私は理解した。
それからベルラ様の身体を奪って、ベルラ様のふりをしてくるあの人が嫌いだった。ベルラ様なんて呼びたくもない。私の憧れたベルラ様じゃない。
なのにあの人は、私とアル兄様に関わろうとしてくる。
——あの人なんてどうでもいい。それより、本物のベルラ様は、何処に行ったのだろうか。




