プロローグ ③
わたしに言っているはずがない。
だってわたしのことを誰も見えないから。わたしに声何てかけられるはずはない。
だからそのまま、わたしは――、消えたい。
そう思っていたのに。
「おい!! そこのお前だ。今も消えそうな、お前」
『え』
わたしを見ていた。ううん、それどころか、私に向かって怒鳴ってた。
視線を向ければ、そこにいたのは綺麗な男の人だった。髪の色は真っ白だ。こんなに綺麗な白色を見たのは初めてだった。目の色は黄色。お月様みたいで綺麗だった。なんて綺麗な男の人だろうって驚いた。
『わたしに、言ってる?』
「そうだ。お前だよ。そこの消えかけの、魂」
『っ!!』
わたしのことを正しく認識している。わたしに話してくれている。嬉しかった。
『ねぇ!! わたしのこと、見えるの? わたしの声、聞こえるの? あなたはなんなの? 綺麗だけど、神様かなにかなの!?』
「……消えかけの魂かと思ったらうるせぇな」
嬉しくなって声をあげれば、その人は面倒そうに告げる。
見た目は神様や天使様みたいに幻想的なのに口がちょっと悪くてびっくりした。わたしは公爵令嬢として生きてきたからこういう乱暴な言葉を放つ人あまり知らないから。
わたしがわたしのままだったら、近づかないような人だと思う。
でも、今のわたしを見つけてくれたたった一人の人。だから、わたしは近づいた。
「俺は神様なんかじゃねぇよ」
『そうなの? とっても綺麗なのに!! あなたみたいな綺麗な人、はじめて見たわ!!』
「そうか。……それはどうでもいい。ところで、お前、消えるぐらいなら俺に有効活用されろ?」
『ゆうこうかつよう? なに?』
ちょっと難しい単語で、分からなかった。首をかしげれば、目の前の男の人は何とも言えない表情で言う。
「……消えるぐらいなら俺の研究のために使われろっていってんだよ」
『使われるって、どうなるの?』
「なんだ、消えようとしてたのに、気になるのか? 変な魂だな。まぁ、子供の魂なら仕方がないか」
男の人はそう言いながら、わたしのことを見る。なんだかその綺麗なお月様みたいな瞳に見つめられると、嬉しい気持ちになった。
「俺は魔導師、ディオノレ。お前の魂を、俺の研究に使いたい。ただ、お前が消えるわけではない。寧ろ消えかけの今よりは自由を与えよう。まぁ、俺の娘みたいになるようなものだ」
『娘……』
娘という単語を聞いて、不思議な気持ちになった。
わたしはお父様とお母様の娘だった。だけど、お父様とお母様の娘は、もうわたしの身体を使っている誰かになった。わたしは、誰の娘でもなくなったようなものだ。そんなわたしが、目の前の人の娘になる。
それはどういう意味だろうか。よく分からないけれど、この人について行ったらわたしは一人ではなくなる。この人はわたしの言葉を聞いてくれる。わたしの存在に気づいてくれている。
――わたしはもう、誰にも自分の声が届かないのは嫌だ。
「――まぁ、拒否権はないけどな」
『拒否できないの? でもいいわ。わたし、こうなってから誰とも話せなかったから。あなたと居ればわたし、一人じゃないなら、ついていきたい。あなたが例え悪い人でも、悪魔とかでも、あなたの所に行きたい!!』
「よし、じゃあ行くか」
わたしがいきたいと口にしたら、ちょっとだけ男の人は笑った。
なんだか少しの笑みでも、とても綺麗でびっくりした。綺麗な人はどんな表情でも綺麗だけれど、笑うともっといいなと思った。もっと笑った顔を見れたら楽しいのにな。
――そんな気持ちになったのも久しぶりだった。
この二年でわたしは我儘ではなくなっていたのだと思う。誰にも声が届かないから。だけど、わたしは……やっぱり我儘なのかもしれない。ちょっと話す人が出てきたらこうしたい、ああしたいって気持ちが溢れる。
だけど我慢したほうがいいのかな。
だって……わたしは我儘だったから、嫌われてた。皆わたしよりわたしの身体を使っているあの子の方が好きだから。
この目の前の人に嫌われないようにしたいな。
そう思いながらドキドキしていると、ディオノレさんは指を鳴らした。
そして次の瞬間、わたしは見知らぬ場所にいたのだ。