幕間 身体を奪ったあの子 ⑩
使い魔のピーコは残念なことに私、ベルラになかなかなついてくれない。
……思えば前世から含めて、そこまで生き物に懐かれたことはなかった。折角使い魔を作って、これからフラグを折るためにと頑張っているのに人生ってままならないことがあるななんて思う。
こうしてベルラ・クイシュインとして生まれ変わって、色んなことが上手くいっている状況だけどこうして上手くいかないことも確かにあるのだ。
「ふぅ……」
魔物退治にはピーコを連れて行き、ちゃんと調教師も雇っているから言うことは聞いてくれているけれど……前世の物語で見たような信頼関係のある関係性って現実だと難しいなと思う。
私の周りの令嬢や子息たちも使い魔を持つようになっていた。そんな設定、乙女ゲームの中であったかしら? と思っていた。でもお兄様曰く、私が使い魔を持ったからこそ、流行っているらしい。
……自分の行動でそうやって乙女ゲームの世界が変わっていくことはやっぱり不安を感じる。
お兄様から学園の話は沢山聞いていて、私とそしてこれから出会うであろうヒロイン、それに今親しくしている攻略対象たちも含めて……皆が生活しやすい場所に出来たらいいな。
悪役令嬢として破滅しないためにも、ヒロインとは仲良くするつもりだけど……、強制力などあったらどうしよう。自分の身体が自分の意思とは違う動きを見せるなんてことになったら……と思うとぞっとする。
そんなことはないとは思うけれど……。
あとは私が恋に溺れすぎて、ガトッシ殿下に嫌われないようにはしないと。でも人の心は分からないものだから、心配は尽きない。
魔物討伐はピーコにほとんどを任せているけれど、それでも何かの命を奪う行為と言うのは疲れてしまう。これから起こることを考えるともっと戦う力を身に付けなければと思う。
「……らしいわ」
「まぁ、そんなことが……」
しばらく横になった後、屋敷の廊下を歩いていたら侍女たちの声が聞こえてきた。何の話をしているのだろうと声をかける。
「なんの話をしているの?」
「ベルラ様。……ちょっとした噂話ですわ」
「ええ。ベルラ様の気になさらなくていい些細なことです」
「まぁ、そうなのね」
なんだかごまかされた気がするけれど、屋敷の使用人たちが私に聞かせたくない話なのかとそれ以上聞かないことにした。だって誰だって話したくないことはあるもの。
そう思った私は、その後、魔法の練習をするために庭に行くことにした。
だから、
「子爵家で使い魔が逃げ出す事件が起きたのでしょう?」
「ええ。質の悪い使い魔を購入して、躾も出来なかったらしいの」
そういう会話がなされていることなど、私は知らなかった。
そのまま私は魔法の練習を続ける。そこまで得意じゃなくても、努力をすればきっと今よりも上手になれるはずだとそう思っているから。
私の日程は、詰め込まれている。
次期王妃としての教育、貴族としての嗜み、魔法の練習に、魔物退治、お茶会やパーティーなど……、本当に前世からしてみれば驚くぐらい色んなことをやっていると思う。
学園の入学が近づいているからこそ、より一層私は自分のやらなければならないことを一生懸命やろうとそういう気持ちでいっぱいだ。入学した時に、万全の状態で迎えるために……!
「ベルラ様、それ以上はやめましょう。倒れてしまいますよ」
「ええ。そうね……」
魔法の練習をしばらくしていれば、セイデに声をかけられる。
「本当にベルラ様は努力家ですよね。素晴らしいことだと思います」
「ふふっ、ありがとう。セイデ」
セイデは本当に私の事を慕っていてくれて、それは昔から変わらない。学園にもセイデは連れていく予定だから、セイデには私のことをちゃんと話していた方が動きやすいかもしれない……。
でも……セイデに信じてもらえなかったら私はショックを受けると思う。
そう思うとやっぱり、私の転生者であるという秘密は誰かに言うのはリスクが大きい。
そう考えて結局私は首を振るのだった。
「ベルラ様、やっぱりお疲れですか? このままお休みになられますか?」
「大丈夫よ、セイデ」
やっぱりセイデは優しい。私のことを心から心配してくれているとそう実感する。
「セイデは本当に、優しいわよね。いつも私のことを思いやってくれてありがとう」
「当然です。私の命はベルラ様のものですから」
「……それはちょっと重いわよ」
セイデは本当に心からそう思っている風に言うので、思わず苦笑してしまう。
「私はベルラ様のためなら何だってしますからね」
そう言って笑うセイデが、乙女ゲームの世界ではベルラ・クイシュインを嫌うようになっていた。少なくともストーリー上ではそんな風に見えた。
……本当にどうして乙女ゲームのベルラは、セイデのこの思いやりを失うようなことをしたんだろうか? そう思ってならない。




