幕間 身体を奪ったあの子 ②
「どうして上手く行かないのかしら」
私、ベルラ・クイシュインは自室で頭を悩ませていた。
というのも……乙女ゲームの世界の中で、ベルラ・クイシュインが得意としていた火の魔法が上手く使えないからだ。そもそもクイシュイン家は火の魔法が得意な家で、大体その魔法に長けているものなのだ。
乙女ゲームの中のベルラ・クイシュインは天才とも言えるべく火の魔法が得意だった。その事もゲームのベルラを助長させる一つの要因だっただろう。
……なのに、ベルラに生まれ変わった私は火の魔法が上手く使えない。寧ろ他の魔法と同じぐらいにしか使えないのだ。このゲームとの差異は何なのだろうか。それとも幼少期はあまり火の魔法が得意ではないという設定があった? いや、そんなことはないだろう。ファンブックの中では幼いころからベルラは火の魔法が得意だったという話だった。
なら、もしかしたらこの世界は乙女ゲームの世界ではなく、『ライジャ王国物語』の同人誌とかの世界? いえ、でもそこまで考えたら可能性が多すぎてどうしようもないわ。
わたしは一旦、ゲームの事を横に置く事にする。
火の魔法が得意じゃなかったとしても、ゲームのベルラにならないようにもっとフラグを折っていけば問題はないわ。それに此処には私が推していた攻略対象もいるのだもの。その攻略対象はベルラの婚約者であったので、順当にいけば私は推しの婚約者になれるのだ。
ゲームのベルラのように嫌われないようにしないと!! とそんな決意を胸に私は手帳にゲームの情報をまとめている。侍女たちに見られても問題がないように日本語で書いている。
それにその手帳はしっかり隠しているから見つかることはないだろう。この手帳は私の生命線である。ベルラとして生きていくにつれて、色んな情報を忘れてしまいそうなので、ここに書かれたゲームの情報は重要なのだ。
そんな風に乙女ゲームの世界のことを考えていたら、こんこんっとノックされる。私は慌てて手帳を隠し、「どうぞ」と口にする。
そこにいたのはゲームでもベルラ付きの侍女であったセイデだった。
ゲームのセイデはベルラの我儘に付き合わされ、ヒロインへの嫌がらせの片棒を担がされて、ベルラを嫌っていた。今、私とは良い関係を築けていると思う。
「ベルラ様、お館様がお呼びです」
「お父様が?」
お父様が私を呼んでいるということでお父様の元へと向かった。
そこでお父様に告げられたのは、同年代とのお茶会の話だった。
まだ子供のベルラは社交界なんてものにはいったことがない。まだあるのは同年代とのお茶会ぐらいである。たしかベルラは五歳からお茶会に時々参加していたはずだ。
六歳になって私がベルラとして生まれ変わって、私の身体の調子がしばらくよくなかったというのもあり、お茶会は行われていなかった。ベルラとしても久しぶりのお茶会である。
ベルラとしての過去がない私は前に行われたお茶会の記憶はない。忘れたという風にして色々聞き出したら、前のお茶会ではベルラは結構我儘三昧だったらしい。そしてそのお茶会に参加していた中には、乙女ゲームの登場人物たちもいた。
一番私が仲よくしたいのは、乙女ゲームの世界でベルラの傍に控えていた少女だ。名前はネネデリア・オーカス。オーカス伯爵家の娘で小動物系の子だ。それでいてベルラの我儘に家の関係から付き合わされていて、乙女ゲームの世界ではベルラの断罪の巻き添えを食らっていた。
そしてもう一人はお兄様の友人枠として出ていたネネデリアの兄であるアルバーノ・オーカス。何で攻略対象じゃないのかというぐらいの美形だ。ちなみにお兄様もヒロインの攻略対象なので、お兄様攻略の時はアルバーノがよく出てくる。
この二人と仲良く友好関係を築いておくのは良いことだろう。私は是非ともネネちゃん(乙女ゲームのファンたちの間でのネネデリアの呼び方)と仲よくしたい。
ゲームをやっている時はベルラのせいでネネちゃんが大変な目に! とベルラに苛立っていたが、ベルラだからこそネネちゃんと仲良くできるのだとそう思うと嬉しくて意気揚々とお茶会に挑んだ。
……だけど、なぜか私はネネちゃんにもアルバーノにも少し距離を置かれていた。確かベルラとネネちゃんは幼いころからの仲のはずなのに。なんだろう、私が話しかけても距離を置かれている感覚があった。
もしかしたネネちゃんは私の事が嫌いなのだろうか。……それはあり得るかも。だってベルラは過去のお茶会で我儘三昧だったのだ。今の私を見て仲よくしてくれる人も多いけれど、過去は変わらない。
でもこれからわかってもらえればいいよね。私はネネちゃんと、絶対に仲良くなる。
私はそんな決意をするものの、中々ネネちゃんとアルバーノとの距離は縮まらないのだった。




