夏の日、ママの計画で旅行に出かける ⑯
「お嬢様、ほら、ご覧ください」
……商人の組合には報告している。宿の従業員の人たちも忠告してくれている。
というのにその商人は、わたしに話しかけてきた。
それもパパとママが居ない間に話しかけてきたので、わたしが子供だから丸め込めるとでも思っているのかもしれない。
確かにわたしは子供だけれど……、でも流されるままとかじゃないのになぁ。
わたしがこの商人に簡単にどうにでも出来るって思われているのって、わたしが子供だからかな。あと雰囲気とかもあるのかも。わたしって多分、あんまり人を寄せ付けない雰囲気とかないもん。
パパとかママみたいにそういうかっこいい雰囲気あったら、この商人も話しかけてこなかったかなぁ。なんてそんなことを思う。というかね、子供のわたしに親が居ない時を狙って近づいてくるだけでも中々問題のある人だと思うの。
わたしはパパとママから教わっていて、色んなことを知っているよ。二人ともわたしが大変な目に遭わないようにと現実で起こる怖いことをちゃんと教えてくれている。実際に怖い目に遭ったことはないけれど、わたしが一人でいるということはそれだけ目の前の商人みたいにわたしのことを侮る人が多いってことだよね。
「わたし、要らない」
話しかけないでほしいなぁと思いながらそう答える。
でも目の前に立ちはだかれて……うん、ちょっと嫌な気持ち。
わたしの身長、少しずつ伸びているけれどまだまだ小さいの。だから目の前の商人のように自分より背の高い人に立ちはだかれるとちょっとだけ怖くなるよね。
パパもママみたいに優しい目を向けてくれるのならば怖さなんて感じなくて、寧ろ安心できるのにね。わたしにお金を使わせて、使い魔を買ってもらいたいならもっと態度をどうにかしたいいのに。
「お嬢様、そう言わずに――」
「要らないの」
わたしはそう言って、ちらりと宿の従業員の方を見る。一人だけいるその人は、こちらの状況に気づいていそうだけど……助けてくれる気はないみたい。見て見ぬふりをしているのは、なんでだろう? お金でももらったのかな?
この商人もわたしに危害を加えようとしているわけではなくて、ただわたしに買わせようとしているからだから放っておいても問題ないって思っているのかも。確かにそれだけだけど……、わたしは嫌だなぁと思っている。
どうするのが一番正解かな?
要らないっていっても全く引いてくれる気はないけれど、力づくでどかせる? どうしようかなと考えていたら、「おい、商人、俺に商品を見せろ」と偉そうな声が聞こえてきた。
その声のした方を振り向くと、いかにも貴族風な少年が居る。その少年はどうやらわたしに気づいてなかったみたいで、商人の横にわたしがいるのを見て近づいてくる。
「お前も使い魔を買うのか?」
「ううん。わたしは買うつもりないの」
「そうなのか? 欲しいなら俺が買ってやろうか」
「ううん。いらない」
わたしのことをチラチラ見ているこの子は、ちょっとだけ顔が赤い気がする。
使い魔を買ってあげて仲良くなろうという作戦なのかもしれない。でもわたしは要らないので断った。
商人はわたしよりもその少年の方が重要みたいでわたしへの関心を失くしたみたい。それにわたしはほっとする。その少年はわたしのことを引き留めたそうにしていたけれど、その隙にわたしは部屋へと戻った。
パパとママから離れていると、こういう風なことが起こるんだなと実感した。
わたしが部屋に戻ると、パパから「遅かったな」と声をかけられる。そうだよね、あの商人に結構捕まってしまっていたもんね。
「商人に話しかけられてたの」
「従業員たちはどうしていたんだ?」
「一人しか居なかったし、その人は放置していたよ。何か商人からもらっていたのかも。でもね、貴族の男の子がきたからその隙をついて戻ってきたの」
わたしがパパにそう説明すると、パパが嫌そうな顔をした。商人から何かもらったからって、話しかけないようにしてほしいと言ったのを無視されている形だからね。
ママにもその話をしたら、パパと同じような表情をしていた。
「良い宿だと思っていたけれど、その考えを改めなければならないわね。ディオノレ、ベルレナ、少し予定よりは早いけれどもう帰りましょうか」
ママが計画してくれた旅行は、元々もう少しだけこの街でゆっくりする予定だった。でも商人が滞在している宿にずっといるのは色々と問題が起きそうなので、このまま屋敷に戻ることになった。
旅行は楽しいけれど、やっぱり家で過ごす方が一番安心できるもん。
滞在をやめることを告げると、従業員には引き留められた。それだけわたしたち家族が金払いが良かったからなのかなとは思う。
わたしたちはその声を聞かずに、帰った。
帰宅は転移魔法で一瞬だった。
最後はちょっと嫌なことあったけれど、楽しかったな。




