幕間 魔導師のパパ ①
「パパ、おはよう!!」
今日も朝から俺の娘になった少女――ベルレナが俺のことを呼びに来る。
今まで一人で過ごしてきた屋敷に、ベルレナがいることに最初はなれなかったが、今ではすっかりベルレナが屋敷にいることが当たり前になっていた。
「パパ、おいしい?」
ベルレナは今日も早起きをして朝食を作って、俺に美味しいと言ってほしそうに問いかけてくる。それに「おう」と答えただけで、ベルレナは花が咲くような笑みを浮かべる。
――ベルレナと会ったのは偶然だった。
たまたま珍しく遠出した時に見かけた魂。それがベルレナだった。魂だった時から強烈な炎を感じさせる強さがあった。きっと火の魔法に長けた家から出た魂だったのだろう。俺はベルレナを見つけた時、これは使えるなと思ったのが一番最初の感想である。
正直ホムンクルスの身体にベルレナの魂が本当に馴染むのかは分からなかったが、その時の俺は研究にベルレナを使えればそれでいいと思っていたからだ。
最初は死霊かと思っていたが、ベルレナが神の悪戯の被害者だと知って驚いた。長く生きている俺も神の悪戯で追い出された魂に会ったことはなかったからだ。
さて、ベルレナをホムンクルスの身体に入れてからの生活は今まで味わったことのない生活だった。そもそも俺は基本的に一人で過ごしてきたので、誰かが傍に居る生活というのは落ち着かなかった。
とはいえ、ホムンクルスの身体に入ったばかりで身体もまともに動かせないベルレナを俺は連れ歩くことにした。
子供は面倒で我儘ばかりだと聞いていたので、娘とするとは決めたものの、面倒だったらどうしようかとも思っていた。寧ろ何処からか大人の魂を手に入れてホムンクルスに入れた方が良かったのではないか……とそんなことを思っていたのは最初だけだった。
何故ならベルレナは俺が驚くほどに面倒など言わない子供だった。大人しい子……というのは違うだろう。時折その無邪気な性格が顔を出す。だけれども我儘一つ言わなかった。
一生懸命俺に好かれようとするベルレナとの生活は悪いものではなかった。
一か月ほど経ちベルレナが歩けるようになってからは、俺を起こしにきて、料理を作ってくれ、その生活は良いものだったと言えるだろう。
それからまたしばらくすぎて、ベルレナは我儘を言わなすぎではないかと思った。そんなわけで知人に娘が出来たことと、どうしたらいいかというのを手紙に書いた。手紙はすぐに帰ってきた。娘が出来たとはどういうことだというのが最初に書かれていたがそれはスルーして残りだけ読んだ。
やっぱり子供は基本我儘を言うものらしい。
そしてこの年頃の子供であるのならばワンピース一種類だけを与えているのは可愛そうだと。好きなものも出来てきて、自分で自分の使うものを選んだりしたいはずだと。
そんなことが書かれていたので、俺はベルレナを街に連れて行くことにした。街に連れて行くと告げればベルレナは見た事がないぐらい喜んでいて……もっとはやく街に連れて行ってやればよかったと後悔した。
ただ街に連れて行っても、ベルレナはいい子のままで、我儘など言わなかった。欲しそうにしているのに欲しいと言わない。……そんなベルレナにどうして我儘を言わないのだろうかと少しいら立ちを感じた。
ニコラドも娘は親に甘えるものだと言っていたのに……、ベルレナにとって俺は親ではないのだろうか。ベルレナには元々親がいるから、俺を親と思えないのかもしれないが……などと考えて、俺はすっかりもうこの三か月でベルレナのことを娘だと思っているというのに気付いた。
そこからはなんというか……父性が芽生えたというべきか、ベルレナのことが可愛く感じた。
でも何で我儘を言わないのかは分からなかった。
そんな中でベルレナが「パパのために何かしたい」といってきたので、ベルレナに我儘を何故言わないか聞いた。ベルレナが泣いたことには驚いたが、ベルレナの本音を知れて良かった。何よりベルレナが俺のことを大好きだと言ってくれたので嬉しかった。
それにしても二年も身体を奪われて消えなかったのは、ベルレナの魂がそれだけ強い力を持っていたからだろう。その間、ずっと身体を奪った存在が好かれていくのを見ていたのならば、ベルレナが我儘を言うのが怖くなっても仕方がない。
嫌われたくないと泣くベルレナの我儘を俺は沢山叶えてやろうと思った
「パパ。あのね……わたし」
ベルレナはあれから少しずつ自分がやりたいことを口にするようになっていた。
朝食を食べ終えた後、ベルレナは言いにくそうに口にする。俺はベルレナが言い終えるまで待つ。
ベルレナは決意したような目で俺に一つの我儘を言った。
「わたし、魔法を習いたいの」
――俺はもちろん、その我儘を快く受け入れる。




