幕間 悪役令嬢の兄 ③
「ベルラの力にもっとなれたらいいのに……」
学園の長期休暇が始まり、僕、ズーワシェダ・クイシュインは公爵家の領地に帰ってきた。一時帰宅した僕はベルラと話した。……でも僕の言葉ではベルラの不安はぬぐえないようだった。
妹のベルラは、六歳の頃から変わった。
それから年相応ではなく、大人びるようになった。僕の言葉にも「ありがとう、お兄様」と笑っていたけれど――それはちょっと無理をしているようにも見えた。
昔は気づかなかったけれど、ベルラはそういう笑みを時々浮かべていることに今は気づいている。
ベルラは何を不安がっているのだろう?
クイシュイン公爵家の長女であり、ガトッシ殿下の婚約者であるベルラに何かする人なんていないのに。
無理して魔物退治に行ったりしているとは聞いているけれど、ベルラにはどういう未来が見えているのだろうか?
ベルラは昔から不思議と未来が分かっているかのように行動していることはあったけれど、何かしらの勘でも働いているとかなのかな。
……ガトッシ殿下にもその不安の原因を言ってないみたいだし、大丈夫かなと心配にはなる。
僕には婚約者はいないけれど、婚約者だからこそあまり隠し事はしない方がいいとは思う。
もちろん、ちょっとした関係を良好にするための隠し事などはありだと思うけれど……、でも明らかにベルラは生き急いでいる部分があると思う。
父上はそんなベルラを心配して、使い魔を持たせた。直接自分で戦闘をするよりもそちらの方がいいだろうと。
そもそもの話、ベルラには戦闘は向いていない。
誰かを傷つけることを怖がっているような子だから。
僕は魔物退治でそこまで体調を崩すことはないけれど、ベルラは戦うことに対しての忌避感は持っているみたいだ。
責任感は強いから無理してそれを行うことは出来るだろうけれど……、合わないことはやらない方がいいとは思う。
あとベルラの使い魔になった鳥型の魔物は、あまり出来が良くないみたいだった。種族としては優秀な魔物なので、そのうちもっとベルラが望むぐらい戦えるようになるかもしれないけれど……個体差というのはあるので、それは難しいかもしれないと父上は言っていた。
そこまで強くない魔物だと、ベルラの目的にそぐわないかもしれない……。というころで父上や母上は別の使い魔にするのはどうかという提案もしたらしいけれど、ベルラは「折角の縁だから」とその使い魔を継続することに決めたようだった。
基本的に《使い魔のネックレス》の中でその使い魔ピーコは暮らしている。まだあまりベルラにも餌を与えている使用人にも懐いていないらしい。いざ戦闘の時に出してもあまり結果を出さないので、使用人たちで躾をしているとは聞いた。
……使い魔を僕は持っていないけれと、多分それぞれの相性とかもあるんだと思う。特にベルラの使い魔になった魔物は、そこまで人なれしていない魔物のようで暴れたりはしないけれど人懐っこくはないみたいだ。
ベルラが優しく声をかけてもそうみたいなので、本当に合わないようなら違う使い魔にした方がいい気もするけれど……。責任感の強いベルラらしいとは思う。
「ベルラ、今日は一緒にお茶をしよう」
「ええ。お兄様」
僕はベルラがもっと穏やかにのんびり暮らしてくれたらいいなってそう思う。だから長期休暇中に僕はベルラのことをお茶によく誘った。僕もベルラも付き合いや勉強があるからそんなに時間が取れるわけではないけれど、ベルラが気を抜いてくれればいいとそう思ってならないのだ。
……もっと我儘を言ってくれたらいいのにな。何かしてほしいことがある? とそう問いかければベルラは父上や母上、僕にそれを言ってくれる。でもそれも遠慮している様子があるのだ。何かお願いを言うことを極力嫌がっているというか……、貴族令嬢としては正しい姿だろうけれど、僕はもっと甘えてくれたらいいのになと思う。
「ベルラ、君はまだ子供なんだからもっと沢山我儘を言っていいんだからね」
「ふふっ、ありがとうございます。お兄様。では、学園の話を沢山聞かせてもらっていいですか?」
……我儘を言ってもいいよ、と言ってもそのくらいしかベルラは言わない。
もっと昔みたいに甘えて、我儘を口にしてくれればいいのに。そんな風に、僕ら家族は思っている。
父上や母上だってそうだ。もっとベルラが気を抜けるように、心配しなくて済むように沢山話しかけている。
それでもベルラ自身が話してくれなければ、僕たちは何かをすることが出来ない。せめてベルラの不安がなんなのか、知ることが出来たらいいのに。
ただ学園の何かが、ベルラにとっては不安要素らしいことは分かるので……僕は先に入学したものとして、ベルラの生活しやすいようには整えておこうと改めて決意するのだった。




