幕間 悪役令嬢の取り巻きの兄 ⑥
週末は学園が休みだ。
休日の二日間、俺は毎週金策とベルラ様探しに出かけている。
エラコーダには「毎週何をしているんだ?」と聞かれているが、説明しにくいので説明はしていない。
今のベルラ・クイシュインが、元のベルラ様と違うなんて俺とネネデリア以外は気づきもしていないことだから。
学園では教師の手伝いや学園からの依頼を受けることで金銭を稼ぐことが出来る。それだけではなく、学園都市には組合が多くあるので個人の判断でそちらの依頼を受けることも可能である。
そういう依頼を受けているのは、主に下級貴族や平民が多い。だから俺が最初にどんどん依頼を受けていた時は周りに驚かれた。……熱心に学園が掲示板に提示している依頼を受けすぎて、教師に「そういう簡単な仕事は下級貴族や平民の方に回したい」と言われてしまったので、一人の教師から提案されてその教師の助手という形で雇ってもらうことになった。なのでよくその研究室にいる。
ベルラ様に会いたいとその気持ちで沢山のことを学んでいた俺の知識は役だっているらしい。この年でそれだけ勉強が出来るなんてと驚かれた。
その教師――ヨネダウス先生は嫌な感じがしない。そういう見ていて不快にならない魂の持ち主は思ったよりも世の中には珍しい。だから助手の仕事中も楽だ。
ヨネダウス先生は俺目当てにやってくる生徒も追い返してくれるので助かっている。
教師の中には何を考えているのか、見目の良い男子生徒をどうこうしようとしている犯罪者予備軍のようなおぞましい魂の持ち主もいた。それに関しては証拠はなかったが、匿名で学園側に手紙を送った。
その結果、その教師は処分された。実害があったらしい。
「アルバーノ、今日はこの位でいいぞ」
ヨネダウス先生にそう声をかけられ、俺は研究室を後にすることにする。
「アルバーノ、この後はどうするんだ?」
「図書館に行きます」
俺がそういえば、ヨネダウス先生は呆れたような表情を浮かべる。
「アルバーノ。いつも思うが、もっと遊んでもいいのではないか? 女子たちから沢山誘われているのだろう」
「それよりもやることがあります」
「やることか……。それは伯爵家の子息にもかかわらずお金を稼いでいることと関係があるのか?」
「はい」
「もしよかったら聞かせてくれないか? 私はお前よりもずっと長く生きている。アルバーノの目的の手助けにはなれるかもしれない」
ヨネダウス先生にそんなことを言われて、少し考える。
ベルラ様が居なくなってしまったこと……。それを理解しているのは俺とネネデリアだけだ。ベルラ様と親しくしていたはずの人たちも、ベルラ様が居なくなったことに気づかずにあの女のことを慕っている。
だけどヨネダウス先生は、魔法の実力のみでこの学園で教師をしている魔法師だ。
「……探している人がいます。なんで探しているかも、理由も言えません」
そんな風にヨネダウス先生に言ってしまったのは、この学園は“ベルラ・クイシュイン”に関する噂が多すぎるからかもしれない。ベルラ様に会いたいと、その気持ちがより一層増したのかもしれない。
「アルバーノは人を探しているのか」
「はい」
「……よっぽど何か事情があるのだろう。それでその人の情報は?」
「姿かたちしか知りません。“今”の名前を俺は知りません。どこに住んでいるかも何もかも知りません」
俺の言葉にヨネダウス先生は見たことがないような変な表情を浮かべる。
考えてみれば、名前も知らず、何処に住んでいるかも知らず、直接今のベルラ様と関わったこともなく――でも会いたいなんておかしな話だろう。
俺は見れば、その強烈な魂で相手がベルラ様だとは分かる。
――けど、他の人からしてみればそれがベルラ様だなんて分からないだろう。
「……それなのに、会いたいのか?」
「はい。俺はその人に会いたいので、一生をかけて探すつもりです。だから俺は金策をしています」
「……アルバーノ、お前案外情熱的だったのか? 周りに全く興味を抱かず、夢などというものを持っていなさそうにしか見えないのに……。その人に会うためならなんだってする気なんだな」
情熱的なんて言われてもよく分からない。俺は俺で、ただベルラ様に会いたいだけだから。
ヨネダウス先生の言う通り、俺は一生涯をかけてでもベルラ様を探すつもりでいる。
そのためにお金を稼ぎ、魔法の訓練をしている。
どこでどんなふうに今のベルラ様が生きているのか分からないから。
例えばベルラ様に会うために危険な道中を進まなければならないなんてことがあっても、ベルラ様の元へ行くことが出来るように。あとはお金がないとどうしようもないことはあるから、ベルラ様を探すためにも自分で自由に出来るお金は手に入れておくべきだ。
「はい。ヨネダウス先生、この話は他にはしないでください」
「もちろんだ。ところで姿かたちは分かっていると言ったな? どんな姿なんだ?」
「真っ白な髪と黄色い瞳の女の子です」
「ぶっ」
「三年前に一度見ただけですが、身長は俺よりも低いと思います」
「待て待て待て。探している人は、女の子なのか……?」
ヨネダウス先生が信じられないと言った様子で、俺の方を見ている。何がおかしいのだろうか?
「何かおかしいですか?」
「いや、おかしいっていうか……アルバーノと付き合いたい女子生徒たちがこの事実を知ったら目をむくだろうなぁ。まぁ、いいや。しかしそれだけの情報で探すのは難しいことだぞ」
「分かっています。だから一生をかけて探すと決めているんです」
「……そうか。私もどれだけ力になれるか分からないが、何らかの情報を手に入れたらアルバーノに伝えよう」
「ありがとうございます」
協力を申し出てくれたヨネダウス先生に素直にお礼を言った。
それから俺はヨネダウス先生の研究室を後にして、図書館へと向かうのであった。
今の所、ベルラ様とネネデリアの身に起こった事象に関する本は見つかっていない。




