パパとわたしと我儘の話 ①
パパとのお出かけは楽しかった。
それをパパとのお出かけから何日も経過してからも、ずっと考えている。またパパはわたしをお出かけに連れて行ってくれたりするだろうか。
パパはどのくらいの頻度で街へお出かけをするのかな。そんなことを考えてしまうのは、わたしがまたパパとお出かけをしたいと思っているからだろう。パパに誘われないとわたしはお出かけなんていけないから、パパが誘ってくれないかな、次はいつお出かけに連れて行ってくれるかなとそんなことを考えている。
「ふふ」
わたしは書庫でパパが買ってくれた料理の本に目を通して、思わず笑みを溢してしまう。
パパがわたしのために買ってくれた本。それに今着ている服だってパパが買ってくれたものだ。こうして自分のお気に入りの服を着れるだけでもわたしは嬉しかった。
それに書庫の一角にわたしの本を置くエリアも作ってくれたの。パパの本の中で気に入ったものがあればパパに許可をもらえればそこに並べてもいいんだって。そしてこれから購入する本があればそこに並べて良いって言われたの。
こうやってわたしのスペースがこの屋敷の中に出来ると、わたしは此処に居て良いと言われているようでほっとした。
わたしの部屋の家具もわたし好みの家具が置かれて、部屋のカーテンもわたしの好きなピンクに変わった。可愛い絵柄の書かれたカーテンに出来てわたしは毎朝それを見て嬉しくなっている。
わたしはこんなに単純だっただろうか……と考えて、ベルラだった頃はすぐに機嫌を悪くするのにお兄様から何かもらうとすぐに機嫌をよくしていた。うん、単純だね、わたし、昔から。
思えばお兄様がわたしが機嫌が悪い時にすぐに何かを与えていたのは、わたしが癇癪を起して面倒だったからだと思う。……お兄様はわたしのことを嫌っていたわけではないと思う。だけど、わたしのことを面倒だとは思っていただろう。
あの身体をあの子に使われている二年の間で、お兄様は本当に“ベルラ・クイシュイン”を好きになったのだと思う。わたしじゃなくて、あの子を。
それを考えて少し悲しくなったけれど、わたしはすぐにパパから買ってもらった本を目にしてにこにこしてしまう。
此処に載っているものは家庭料理として作れそうなものが多い。しかも材料費もそこまでかからないもののようなので、食料庫に埋まっている材料を使いやすい。
パパは少しずつ料理の種類が増えているのをみて、凄いなといってくれたのだ。パパの方がずっとずっと凄いのに。わたしのことを凄いと褒めてくれたのだ。
わたしはパパに褒められるだけで嬉しくて、天にも昇るぐらいの気持ちになった。だってこの二年は特にわたしは一度も誰からも褒められることなく、そもそも誰かと会話を交わすこともなく過ごしていたから。
そんなわたしがこうして新しい身体を得て、穏やかな日々を送れているのは全部パパのおかげである。だからこそわたしはパパのために何かしたいのだ。
料理は少しずつ出来るようになっていて、パパは喜んでくれているけれども……これぐらいでは足りない。わたしはパパに何も返せていないとそんな気持ちになる。
そう思い至ったわたしはパパの元へ向かうことにした。
パパは相変わらずよく分からない研究をしている。研究をしているパパは楽しそうで、パパは魔法が本当に好きなのだとその姿を見る度に実感する。
「パパ」
わたしがパパを呼べば、パパはやっていることを中断してわたしの方を向いてくれる。
「どうした。ベルレナ」
パパが少し驚いた顔をしているように見えるのは、わたしが食事の時ぐらいしかパパに話しかけてこなかったからかもしれない。
「あのね、パパ。わたし、パパのために何かしたいの。パパ、やってほしいことある?」
わたしは意を決してパパにそう問いかけた。
こんなことを言ってパパに嫌われてしまったらどうしようか。余計なことなんて言わずに今まで通り過ごしていれば良かったのではないか――という不安もあるけれど、もう口に出してしまったものは仕方がない。
「やってほしいこと?」
「うん。わたし、パパに感謝してるの。だからパパに何かしたいの」
これは紛れもない本心だ。
わたしはパパに感謝している。そしてパパのことが大好きだ。だからパパから与えられてばかりであることが心苦しい。
もっとパパにとって良い娘になって、パパに自慢の娘だって言われたいから。
そう思って口にした言葉なのに、パパは苦い表情を浮かべている。パパはどうしてそんな表情を浮かべているのだろうか。パパはこんな面倒なことを口にしたわたしが嫌いになってしまっただろうか。
急にパパの表情を見てわたしは怖くなる。
だけど、パパが口にした言葉はわたしにとって予想外の言葉だった。
「お前さ……、何であれをしたいこれをしたいって我儘を言わない?」
何故か、パパはそんなことを問いかけてきたのだ。




