幕間 魔導師のパパ ⑤
「パパ、ちょっと秘密基地に行ってくるね!」
「ああ」
「じゃあ行ってきます!!」
ベルレナが元気よく笑って、ユキアを連れて屋敷の外へと飛び出していく。
その様子を見届けた後、俺は庭に出る。庭ではジャクロナが一人で紅茶を飲んでいた。俺が向かいの椅子に腰かければジャクロナは少し身体をびくつかせる。
……ジャクロナがベルレナの母親という立場になってそれなりに時間は経過している。もちろん、魔導師である俺たちからしてみれば本当に短い期間だけれども。
いまだに二人きりで話すときは時々挙動不審なのだ。
研究している魔法のことなどを話す時は勢いに任せて話しているのか普通なのだが、そうでない時はやはり落ち着かないらしい。
いい加減なれろと思わなくもない。
「……ディオノレ、ベルレナは出かけたの?」
「ああ。秘密基地に行った」
「そう。えっと……」
会話をするために向かいに座ったわけではなく、ただ意味もなく腰かけただけである。別に会話をかわそうがかわさまいがどっちでもいい。ただ今のジャクロナは俺と話そうという気があるらしい。
「ディオノレは去年の夏は海に行ったのよね。ベルレナが言っていたわ。まだ先だけど今年は何処に行く予定とか決まっているの?」
「まだ決まってない。ジャクロナは何処に行きたいんだ」
出かけるならジャクロナも一緒だろうからそう問いかけたのに、ジャクロナは少し驚いた顔をする。
「私の意見も聞いてくれるのね」
「それはそうだろう。お前も家族だろう」
ベルレナの母親という形の、家族。ジャクロナが俺に好意を寄せていて、ベルレナが母親を望んだから――だからこそ契約で結ばれたもの。だけどそういう契約で結ばれたものだったとしても家族なことには変わらない。
そんな当たり前のことを口にしたつもりなのだが、ジャクロナは顔を赤くしてよく分からない表情をしていた。
照れているのか、喜んでいるのか。
そのあたりは分からないが、嫌がってはなさそうだ。
「そ、そうね! 私は夏だとやっぱり水辺に行くのが良いと思っているわ。一か所お勧めの場所があるのだけど連れて行ってもいいかしら?」
「ああ」
「……どんな場所か聞かずに即答していいの?」
「別に。ジャクロナは俺とベルレナが嫌がるような場所に連れてはいかないだろ」
「そうね! あとは船に乗るのもいいんじゃないかしら。ベルレナって船に乗ったことないわよね? 長距離の日数が長いものじゃなくて、ちょっとした船旅をベルレナに経験させてあげるのも良いと思うの」
……なぜかいちいち声を上げている風なのは、俺と二人で話すのが落ち着かないからなのか。まだ顔赤いし。
「ベルレナは前に船に乗りたがっていた。ちょっとした船旅はありだろう。ジャクロナが日程調整するといい」
「私が決めちゃっていいの?」
「ああ。ベルレナもしばらく杖の材料集めで忙しそうだからな。それに秘密で旅行計画を立てたら、そっちの方がベルレナは喜びそうだ」
ベルレナはジャクロナのことを慕っている。その慕っている母親が自分のために旅行計画を練ればベルレナはそれはもう喜ぶだろう。ベルレナはニコラドに学園入学に向けて色々習っていたり、杖の材料集めに忙しくなりそうだったり……なので、ジャクロナが計画を立てるので問題ないだろう。
ベルレナがジャクロナの夏の計画を知ったらどんなふうに喜ぶだろうかと考えただけでも思わず口元が緩んでしまう。きっと目をキラキラさせて喜ぶに違いないから。
「わかったわ。ベルレナのことを精一杯楽しませる夏の計画を立てるわ。もちろん、ディオノレも楽しんでもらえるようなものにするわ」
ジャクロナは俺の言葉にそんな風に返す。
「俺はベルレナが楽しんでいれば満足だ。あとジャクロナも楽しめるものにしろ」
「わ、私はディオノレと一緒なら楽しいからいいのよ!」
俺の言葉にジャクロナは勢いよくそう言ったかと思えば、はっとした顔をして「わ、私は部屋に戻るわ!」などといって立ち上がると去って行った。
自分の言ったことが恥ずかしくなった様子だ。別にそういう言葉を言われて悪い気はしない。
ジャクロナの立てる夏の計画は俺もギリギリまで聞かないようにしておこう。魔導師であるジャクロナがおすすめという場所だから、俺も行ったことのない場所かもしれない。
そういう場所に行けるのは何か面白いものが見つかるかもしれないので、俺も楽しみだ。




