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プロローグ ②

「ベルラ、私の天使。可愛いな」

「えへへ、お父様、大好き」




 目の前で、わたしの身体を操る誰かが――ぎゅっとお父様に抱き着く。




「ベルラ、良い子に育って嬉しいわ」

「私ももう八歳だもの」



 目の前で、わたしの身体を操る誰かが――お母様と朗らかに笑っている。




「ベルラ、よくやったね。君は僕の自慢の妹だよ」

「私にとってもお兄様は自慢のお兄様よ」



 目の前で、わたしの身体を操る誰かが――お兄様に頭を撫でられている。




 ……そして、わたしはたった一人、誰にも気づかれることなくその様子を見ている。




 わたしが、わたしの身体から追い出されて、誰かがわたしの身体を操る悪夢が始まって、既に二年が経過していた。




 ……わたしは、大好きな人たちがわたしじゃないって気づいてくれるって思っていた。

 ……わたしは、大好きな人たちならわたしではなくなったってわたしの身体を操る誰かに怒ってくれるって思っていた。



 でも、そんなことなかった。

 でも、そんなの幻想だったのだ。



 悪夢は、続く。これが現実だなんて信じたくない。どうして。なんで。そんな気持ちで一杯だ。でもわたしは声を上げる事が出来ない。ううん、声を発しても、誰もわたしの声なんて聞こえないのだ。

 どうして、なんで。わたしは此処だよ。此処にわたしはいるんだよ。




『わたしの場所なのに!! わたしが、わたしが全部持っているものなのに、なんで……っ』




 泣き叫びたい。悲しい。苦しい。




 時々、そんな風に声を上げてしまう。



 それでもわたしの声は誰かに届くことはない。——誰もわたしの声を聞かない。

 それに悲しいことは他にもあった。

 それはわたしよりも、わたしの身体を使っている誰かの方が、皆に好かれていること。




「お嬢様が我儘じゃなくなって良かったわ」

「そうね。ある日突然変わった時には驚いたけれど、とてもやさしくて思いやりのあるお嬢様で嬉しいわ」

「そんなに昔のお嬢様は我儘だったんですか?」

「そうね。子供らしくてかわいいと言えば可愛いかったけれどあれがほしいこれがほしいと周りを困らせてばかりだったもの」




 ――わたしは、我儘だったらしい。




 わたしが我儘だったから、わたしは大好きだと思っていた周りにちょっと嫌がられていたことを知った。

 あれが欲しい、これが欲しい。あれを着たい。これを食べたい。——わたしはそればかり言っていった。

 だってわたしは家族にとってお姫様みたいなもので、そういうのを望んでもいいって。そうやって皆笑っていた。





 わたしが望んだら、皆、わたしにそれを持ってきてくれた。なのに、——本当は皆、わたしのことなんて嫌いだったんだろうか。

 そんなこと思いたくない。——だけど、皆、わたしじゃなくて……、わたしの身体を動かしている誰かの方が好きなんだ。……悲しくて苦しいのに泣けないこと。例え、わたしが悲しくて、苦しくても――誰も気づいてくれないこと、誰も慰めてくれないこと……それにわたしは苦しかった。





 それにお父様とお母様とお兄様だって……そうなんだ。




 お父様は、わたしのことを可愛がってくれていた。それはきっと本当のことだったと思う。嘘だとは思いたくない。

 お母様は、わたしのことを抱きしめてくれた。可愛いって笑ってくれて、大好きだった。

 お兄様は、わたしが何かやりたいことを言っても、仕方がないって笑ってた。





「――ベルラは落ち着いたようで良かったよ。八歳でもう淑女たらんとしていて自慢だよ」

「ええ、そうですわね。私も私の可愛い娘が立派に育って嬉しいですわ」





 お父様とお母様は、そんな会話をしていた。なんでだろう。二人なら気づいてくれるかなって見に行ったのが悪かったのかな。だってこんな話を聞くなんて思わなかったから。二人なら、気づいてくれると思ったのに……。





「ベルラが素直で可愛くなってよかったよ。昔のベルラは我儘だったから。父上と母上もそれを許容していたし……」





 ……お兄様は今のわたしの身体を使っている誰かがいいんだって。私の我儘を仕方がないって頭を撫でてくれていたのに、我儘を言わない、まるでおとななわたしの身体を操るあの子の方が好きなんだって。

 お兄様に嫌われてたのかぁってショックだったんだ。




 わたしはこの二年で、ずっとそういう話を聞いていた。そしてわたしじゃない誰かがわたしの身体を操る人の方が皆大好きなんだ。

 それを実感していくにつれ、わたしという存在は薄れて行った。





 ……もうこのまま、多分、消える。身体を追い出されて、此処に残っているわたしは、消える。

 何でって気持ちも強いけど、それでも悲しみが強かった。

 だから、わたしはもういいかと思ったのだ。——もう、いいかと。わたしが消えても誰も悲しまない。だってわたしじゃないわたしが皆好きなんだから。




 わたしは――たった一人で消えようと、屋敷を後にする。どこでもいい。誰もいない場所に行こう。今までこの状態になって、外に行くのは怖いから外にはいっていなかったけれど、最後だから……。





 そして向かった。




 どこにいってもいいやと、ふらふらと彷徨う。

 そしてたどり着いた森の中。




 ――月明りの下、消えようとする、わたし。さようなら。

 そのまま消えてしまおうとした時――、





「おい」



 声をかけられた。



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