幕間 悪役令嬢の取り巻きの兄 ⑤
「アルバーノ様、こちらどうぞ」
「要らない」
学園に入学してから煩わしいことが多い。
いつかベルラ様に会えるようにと勉強してきた結果、学年一位の成績で学園に入学した。俺の家はそこそこ由緒ある伯爵家だというのもあり、声をかけられる。
なにか渡されることもあるが、要らないので断っておく。
「アルバーノ、また断ったのか? もらってしまえばいいのに」
「不要なものを受け取る必要はない」
「お前は本当にクールだなぁ」
そんな風に俺に軽口をたたくのは、学園に入学してから知り合った平民出身のエラコーダである。
平民だが、魔法の才能があるということで入学している。ちなみに最初はかしこまった態度だったが、別に同じクラスメイトなので呼び捨てなどで構わないと言ったら全く遠慮しなくなった。
エラコーダの魂はそこまで嫌なものではない。俺のことを気に食わないのに、俺が伯爵家の息子だからと話しかけてくるやつらより全然良いとは思っている。
こうやって学園に通ってみると本当に色んな魂があると思った。
色んな魂を見比べれば見比べるほど、やっぱりベルラ様の魂は綺麗だったなと思った。
歪んでなくて、俺が綺麗だと思える魂が他にもないわけじゃない。心地よい魂の人だっていないことはない。けれどやっぱり――ベルラ様の魂が、綺麗だなって改めて思う。
ベルラ様に会いたいなと、あの魂をまた見たいなとそんなことばかり考えてしまう。
「アルバーノは女の子には興味なさそうだよな。どんな美少女からプレゼントもらってもばっさり断りそう」
「……いや」
……女の子と聞いて思い浮かぶのは、ベルラ様と妹のネネデリアぐらいだ。
ベルラ様から何かもらえるなら、俺は喜んで受け取るだろう。手作りのものだったとしても、既製品だったとしてもそれは俺にとっての宝物になるだろう。……俺だけ何かをもらうなんてことがあったらネネデリアが拗ねそうだが。最もまずはベルラ様に再び会うことだけど。
あとはネネデリアが何か俺によこしてくるならそれは受け取る。
「まさか、気になる女の子でもいるのか!? 学園内でも屈指の美少女とかにも興味なさそうなのに!?」
「……妹とかにもらうものなら普通に受け取る」
「アルバーノの妹なら可愛いだろうなぁ。そういえばアルバーノはあのベルラ様とも知り合いなんだろう? 凄く綺麗だって噂だけど、どうなんだ?」
――まだ、あの女はベルラ・クイシュインとして学園には入学していない。それでも王太子の婚約者で、この国で一番有名な貴族令嬢である。
正直俺はあの女の話はしたくなかった。
でも平民であるエラコーダからしてみれば、噂話で聞いたことがある素晴らしい令嬢程度の認識なのだろう。
俺の心が狭いからか、本来ならベルラ様がその立場だったはずなのだがと結構もやもやしている。
「……」
「なんだ? アルバーノはもしかしてベルラ様のことが嫌いなのか?」
エラコーダが驚いたような顔をする。一瞬、しまったと思った。あの女はベルラ・クイシュインとして、王太子の婚約者として周りからの評判が良い。あのベルラ・クイシュインを好ましく思っていないと知られると色々面倒だった。
ただ、エラコーダは平民だからか、そこまで気にならなかったらしい。
「アルバーノが嫌うって相当だよなぁ」
「そうか?」
「ああ。だってアルバーノはあんまり他人に興味がないだろう。そのアルバーノが悪感情を抱いているって相当だなって」
エラコーダにはそんなことを言われた。
入学する前からこういう風にあの女の噂は学園内でされている。二年後、ネネデリアが入学する時にあの女も入学する。
そうなったらもっと騒がしくはなるだろう。同じ学年のネネデリアは毎日もやもやした気持ちになるのかもしれない。
「何か理由でもあるのか?」
そう問いかけられたけれど、ベルラ様の身体を使っているのが別のナニカだからということは言えないので答えなかった。
エラコーダとそんな会話を交わした後は、図書館に向かった。
学園の図書館には沢山の蔵書がある。そこで知識を深める。何かしらの情報がベルラ様に会えるための手がかりにならないかなとそんなことばかりを考えている。
学園に滞在している間にお金を貯め、卒業後は実家には帰らずにベルラ様を探しに行けるように――その力をつけたいから。
だからこそ、俺は他に構っている暇などない。
「アルバーノ!!」
俺が図書館で本を読んでいれば、声をかけられた。
――そこにいたのは、ベルラ様の兄にあたるズーワシェダ・クイシュインである。
正直ほぼ交流がなくなっていたので、なぜ話しかけられたのか分からない。
「図書館では静かにしろ」
「……ごめん。それより話があって」
ズーワシェダ・クイシュインはそう言って俺の目を見る。
「クラスの令嬢が君に冷たくされたって言ってたんだ。もう少し優しくした方がいいと思うんだ。昔馴染みのアルバーノが評判が悪くなるのは嫌なんだ」
ズーワシェダ・クイシュインは悪い人間ではないだろう。その魂からもそれは分かる。とはいえ、俺はベルラ様のことを気づかない目の前の男には複雑な感情を抱く。
俺のことをどうこういうよりも、ベルラ様がベルラ様でないことを気づけばいいのに。
善意で言っていることは分かるけれども、それでも煩わしいなと思った。
「別にどう思われようとどうでもいい」
「……なんだかアルバーノは昔と変わったよね」
そんなことを言うズーワシェダ・クイシュインを一瞥すれば、一瞬怯んで去って行った。
……ズーワシェダ・クイシュインはあの女がベルラ様だと信じている。ベルラ様が本物ではないと知ったら相当ショックを受けるだろうなとは思った。
でも考えたのは一瞬だけである。
ズーワシェダ・クイシュインのことよりも勉強するほうが大事だ。
そう思って俺はまた本を読み始めた。




