春の日、秘密基地へ ③
《別の意味って?》
「わたしの身体を奪ったあの子が、悪役令嬢って言葉を口にしてたの。だから何だったのかなって。あの子はわたしのことをまるで知っているみたいだったから……何か意味があるのかなって」
《そうなんだ。僕は少なくとも知らないなぁ。それにしてもベルレナの身体を奪って、そのベルレナのことを知っているって不思議だね》
「うん。わたしはあの時、誰も自分のことを気づいてくれないって悲しくていっぱいいっぱいで、パパと出会ってからは楽しいって気持ちがいっぱいであんまり気にしてなかったけれど、あの子って凄く不思議なんだよね」
だって考えてみれば突然、自分じゃない誰かの身体に入り込んでしまうというのは混乱することだと思う。あの子がどこから来たのかは分からないけれど、あの子だってわたしの身体に入ってしまう前は違う姿だったと思うんだよね。
「パパがね、ホムンクルスの……わたしの今の身体を作った時に魂だけは補充出来なかったって言ってた。例えばわたしの身体を奪ったあの子が産まれたばかりの魂だったらそもそも喋ったり、動いたりあんなに出来ないと思うんだよ。だから少なくともあの子の魂はそれなりに大きくなっている魂だと思うの。それに例えばわたしが同じように何かが起こって違う身体に入ったらもっと戸惑うし、あんな風になじめないと思うの。だからなんというか、わたしよりも大人の人なのかなって」
魔法や錬金術のことなど沢山のことをわたしはパパとママ、それにニコラドさんから学んでいる。そうやって学んできたからこそ、あの子はなんというかわたしの身体に突然入ったのになぜだか冷静だったと思う。
どうしてかわたしのことを知っていて、どうしてか落ち着いていて。なんというか周りを見てあわせて行っていたのかなって思う。
“ベルラ・クイシュイン”として違和感がないように――、あの子は動いていた。
わたしがどうして気づいてくれないのって魂の状態で悲しんでいる中、あの子はするするとその場に馴染んでいった。
《なんだか、それ怖いね。だってその子って自分がその身体の持ち主じゃないって分かっているってことでしょ? それなのにベルレナの元の身体のふりをして馴染んでいったって、怖いことだよ》
「どうなんだろう? あの子は私を、“ベルラ・クイシュイン”を何故か知っていたの。でもどういう風にあの子が考えていたかとかは分かんないよ。わたしはあの子じゃないしね。ただ鏡で自分の姿を見て、確か驚いて……悪役令嬢とか、おとめげぇむとか、よく分からないことを口にしていたからなんだったのかなってそう思うの」
わたしにとって聞きなれない単語。何かの専門用語とかだったりするのかな?
《おとめげぇむって単語も僕も聞いたことないなぁ……。なんだか誰も知らない単語をその子だけ知っているっていうのも不思議だし、僕は怖いなって思うかも。なんだか、異質な感じ》
「んー、でも世界は広いからもしかしたらあの子が元居た場所では一般的な単語だったのかもしれないよ。もしかしたらわたしみたいに何かがきっかけで世界を魂の状態でさまよっていて、身体を手に入れて嬉しい! みたいになってたのかな?」
あの子がどこからやってきたのか、わたしにはさっぱり想像もつかない。ただ魂だけ入ってしまったということは、魂だけになっていたということなのかな? とは思う。
もしかしたらわたしよりも長い間、魂でさまよっていて身体を手に入れてあんな感じなのか。それとも本当は何処か別の場所であの子の身体はまだ生きていて眠っているだけとか……んー、考えても分からない。
わたしはパパに出会えたから幸せに、楽しく過ごしている。
でも神の悪戯が起こった人たちの中で、誰にも気づかれずに消えてしまった人ってきっといるよね。わたしはたまたま運が良かっただけで、悲しみや苦しみを抱えたまま消えてしまった人もいるはずなのだ。
そう考えると、わたしのように悲しんでいる子がいたらどうにかしてあげたいと思った。
「わたし、ホムンクルスの身体、用意しておきたいな」
《突然、どうしたの?》
「なんていうか、神の悪戯ってパパたちが実際に見たことがないぐらい珍しいものなの。でも確かに時々起きてしまうから……なんというか、身体を失ってしまった子が他にもいたら消えてほしくないなって」
いつか、またその事象が起きた時に誰かが消えてしまいそうだと絶望することがないように。
パパにホムンクルスの身体の作り方を聞いてもいいかもって思った。
そんなこんなユキアと話している中で、突然、秘密基地の扉がノックされた。




