パパへの手紙 ①
「んー、難しい」
身体を動かせるようになって、また二カ月ほど経過した。
わたしは今日も書庫にいる。
二カ月のわたしとパパの生活は変わり映えはない。ただパパに話を聞くことで、パパのことをこの二カ月でもっと知れたというのが一番嬉しかったことだろうか。
パパはやっぱり凄い魔法使いだということ。パパは昔はとある国で偉い人だったということ。パパはキノコがあまり好きではないこと。そういう些細なことが、少しずつ分かっている。詳細までは知らないけれど、パパが昔偉い人だったというのは納得できた。
だってパパは寝起きとか、普段の様子はだらしない部分もあるけれど、その動きが美しいと思える時が所々あったから。パパの育ちのよさ? みたいなのがなんとなくわかるというか。そういうのをわたしは感じていたから。
料理はこの二カ月でわたし一人でも出来るようになった。パパと一緒にたまにはまた料理をしたい……と思うこともあるけれど、わたしはパパに我儘を言わないと決めているので、そういう願望は口にしない。
それにパパはわたしの料理が危なっかしいから一緒に料理をしてくれただけで、わたしと料理をするのが楽しかったというわけではないのだ。
まだ作れる料理の種類は少ない。わたしはベルラ・クイシュインだった時、あれは嫌い、これは食べたくないと我儘ばかり言っていた。あの頃のわたしにとって自分が食べたくないものを食べたくないということも、その料理を捨てることも、自分が好きな料理を出してもらうことも――すべて当たり前だった。
でも今、自分の手で料理をしてみて、料理人ってすごい人なんだって知る事が出来た。屋敷の料理人は、わたしたち家族が飽きない、美味しいという料理を毎日だしていたのだ。美味しいものを沢山食べてきたお父様とお母様が美味しいという料理を作っていたというだけでも今のわたしには凄い事だった。
パパは料理は食べられればなんでもいいと思っている所があるけれど、わたしはパパに美味しいと言ってもらえる、パパが喜んでくれる料理を作りたい。そういう思いがあるから、書庫で作り方を読んだり、パパに食料庫の中に入れてもらってどれとどれを組み合わせたら美味しい料理が出来るかななどと試行錯誤している。
パパの食糧庫は凄い。見た目は小さく見えるのに、中は広い。これはパパがそういう空間を操る凄い魔法を使っているからこそらしい。しかもこの中にあるものは腐らないらしいのだ。
どうやってそんなことをやっているのかは分からないが、とりあえずパパが凄いということだけは分かる。
その広々とした食料庫で食材を探すこともわたしにとっての冒険だった。
何があるのだろうとわくわくしながら食材を探し、その日その日で料理を作る。時々失敗してしまうこともあった。その時もパパは怒らなかった。ただ「しょっぱいな」とかいいながら別のものを食べたり、調味料をかけて美味しくアレンジしていた。あとは食べられるならいいと失敗作を食べてくれたり――。
パパのためにも美味しいものをわたしは作りたい。幸いにも食料庫の中には沢山の食材があるから、本で見かけた料理も再現できるのだ。……味まで再現出来ているかは分からないけれど。
「んー……この意味、分かんない」
わたしは知らない言語。わたしの生まれ育った国ではない場所の言葉。それは結構難しかった。まだ近くの国の言葉だと、わたしの知っている言葉と似ていてわかりやすかったけれど、全く意味が分からない、今使っているものと違う言葉で書かれたものもあるのだ。
パパはこれらの言葉を全部読めるのだという。やっぱりパパは凄い。
パパは今日も一人で何かしている。わたしはパパが実際に何をしているのか、もっと眺めてみたい気持ちもある。そして魔法も……パパに習ってみたい気持ちもある。だけどやっぱりそういう我儘をパパに言うのは言いにくくて。だからこそ結局わたしは昔からやってみたかった魔法の練習もまだ出来ないでいる。
一人で魔法の練習をすることは出来る……けれど、昔家族に言われた「魔法は危険だから大人がいる時にやらなきゃいけないよ」と言われた言葉を覚えているから。だから魔法に関する本を見かけて、読むことはしてもひっそり魔法を使うことは躊躇われた。
この書庫には魔法に関する本が多い。それはパパが魔法のことが大好きだからだろう。魔導師と呼ばれる、魔法が得意な人はこういう書物を沢山読んで、魔法に詳しくなっていくのかもしれない。
そんなことを思っていると、昼の時間がやってきた。
パパに規則正しく生活をしてもらうためにも、ちゃんと昼食も決まった時間に作ろうとわたしは心がけている。だってパパときたら最近ではわたしが呼びにいかないと、全然ご飯も食べないのだ。そもそもわたしが料理を作らなきゃ保存食のようなものをポリポリと食べていることもあるのだ。
そんなわけでわたしは台所に向かい、食料庫へ向かう。食料庫は台所から繋がった扉の先にある。その先でわたしはお肉などの材料を入手する。少しずつ食料庫の何処に何があるかは分かるようになってきたが、まだまだ謎に満ちているのがこの食料庫である。
わたしはいつかこの食料庫が自分の庭だと言えるぐらいに、食料庫のことを知りたいと思っている。
食料庫から出るとわたしはお肉に塩を振って、焼く。
火を熾すのもパパが魔法具と呼ばれる道具を導入しているおかげで簡単だ。簡単な操作でボワッと火が現れるからわたしは最初驚いたものだ。この屋敷には竈もあるから、時々それで料理をしたりもする。
だってこんな風に魔法具で生活が便利になっているのが当然ではないってパパが言っていたから。竈などを使って料理が出来るようになっていたほうがいいのではないかと思っているのだ。
焼いたお肉と、山で採れるという山菜。そして野菜をふんだんに使ったスープ。今日の昼食である。
昼食が完成したので、わたしはパパを呼びに行くことにする。
パパの研究している部屋まで歩いていると、外から聞いたことない音が聞こえた。何かの鳴き声だろうか。聞いたことのない鳴き声に、わたしは思わず身構えてしまう。だけど、例えなにか怖いものがいたとしてもパパがいるならば問題がないとわたしは思いなおして歩く。
そうしていれば予想外のことに、窓が叩かれた。
驚いてそちらを見れば、窓の外に大きな鳥がいた。黄色の嘴を持つ、黒い羽毛の鳥。その大きさがわたしよりも大きくてびっくりした。その黒い目が、ギロリとわたしを見る。
「ひっ、パパ!! パパ!!」
わたしは怖くなってパパのことを呼んだ。その大きな鳥はわたしを見て驚いた様子だったけれど、そんなの気にしていられなかった。わたしはこの鳥が怖かった。
パパはわたしの声が聞こえたらしく、こちらにやってきてくれた。
そんなパパを見て、わたしは「パパっ!!」と声をあげてパパに抱き着いてしまった。
「どうした?」
「鳥さん、大きな鳥さんが……!! 怖い!!」
怖くて怖くて仕方がなくて、そんなことを口にしながらパパの身体をぎゅっとする。
「鳥? ああ、ニコラドのところのやつか」
「にこらど?」
「ああ、俺の知り合いだ。安心しろ。あれはニコラドの使いだ。お前に何かすることはない」
パパがそう言うから、わたしはパパに抱き着いたまま、恐る恐る首を動かしてあの鳥の方を見る。その黒い目がやっぱりわたしを見ていてぎょっとする。だけど、パパが大丈夫だって言ったからとわたしはその鳥と目を合わせる。やっぱりちょっと怖い。
パパはわたしの身体を離すと、その鳥のいる方へと向かう。そして窓を開けて、その鳥を迎え入れる。
やっぱり大きい。
わたしがその大きさに驚いている間に、パパはその鳥から何かを受け取っていた。




