パパとロナさんとお買い物 ⑥
パパが冷たい瞳を向けている。
いつもわたしに向ける優しい満月のような黄色い瞳が、恐ろしいほどの冷気を帯びている。
その視線を向けられたからだろうか。向けられた人たちは固まっていた。
わたしはそんなパパの頬に両手を伸ばした。
「パパ! 怖い顔したらやだよ。わたし、パパが優しい目を向けている方が好きだもん」
「……ベルレナ」
わたしの言葉に、パパが頬を緩める。優しくて、穏やかな笑み。いつもわたしに向けられているわたしの大好きなパパの表情。
わたしはパパが怖い顔をやめてくれたので、嬉しくなる。
「ねぇ、パパ。わたし、怒っているパパより笑っているパパが好き。だから、帰ろう?」
パパは魔導師で、この人たちに何かをすることだって簡単に出来る。だけれどもこの人たちは勘違いでわたしを囲んだだけだし、何もなかったのだ。それよりもパパが怒っているのを見る方が嫌なんだと思う。
パパはわたしの言葉に小さく笑う。
「そうだな。帰るか」
「ねぇ、パパ、ロナさんは?」
「おいてきた」
「え? おいていっちゃ駄目だよ」
パパってば、ロナさんを置いてここにやってきたらしい。折角二人きりにきたわけだけど、上手くいかなかったのかな?
そうやってパパに抱っこされたまま、会話を交わすわたしたち。
「ま、待ってくれ」
声を上げたのは、あのシラバ家の娘だという少女だった。
「なぁに?」
「我が家が迷惑をかけたので、是非お詫びをしたい。そしてそれだけ私に似ているのだから、仕事を頼みたい」
……似ているからって、身代わりとか? どうしてわたしがそういうのしなければならないのだろうか。お詫びをしたいといいながらもそういうことを言われると不思議な気持ちになる。
身分の高いお嬢様だからこそ、無意識にそういうことを口にしているのかな? でもわたしもベルラだった頃は、同じように……ううん、もっと偉そうだったから他の人のことは言えないだろうけれども。
それにしても……何で折角パパに笑ってもらったのに、パパが怒りそうなことを言うのかなぁ。
「必要ない。ベルレナ、帰るぞ」
「うん」
相手にするのも面倒だと思ったのか、わたしの怒らないでといった言葉を聞いてくれているのかパパはそう言った。
何だか「お嬢様の言葉を無視するのか」とか、「待って」とか聞こえてきたけどパパが待つ必要もないよね。パパは人気のないところまでやってくるとすぐに転移魔法を発動させた。
人前で突然消えたら面倒だからってパパは気を使ってくれたみたいだけど、あれだけ騒ぎになったからしばらくはあの街行けないだろうなと思った。
屋敷に戻ったら、ロナさんも転移で屋敷に戻っていた。
「ベルレナ、大変だったわね」
「ロナさん。ううん、パパが来てくれたから大丈夫だったよ」
わたしがそう言ったら、ロナさんはほっとした様子でわたしに笑いかけてくれた。
わたしはロナさんがわたしに心配してくれたことが嬉しくて、笑った。
わたしはああいう不測の事態になっても全然、怖くなかった。不安もなかった。だってパパがわたしを絶対に助けてくれることをわたしは分かっていたから。
例えば、わたしが何かあって攫われたりとかしたとしても、パパはすぐにわたしを見つけてくれるだろう。
「あ、そうだ。パパとロナさんにね、プレゼント買ったの!!」
わたしは先ほどの出来事を一旦頭からおいて、パパとロナさんへのプレゼントを渡す。
パパにはね、似合いそうなハンカチと日記帳。パパに日記帳なんているのかな? と思ったけれど、パパって日記帳とか書いたことなさそうだから買ったの。あとはお菓子も買ってる。これは皆で食べるようだけどね!
ロナさんには一冊の小説と、あとは小物入れ。他にも見たかったけれどつけてくる人たちもいたから見れなかったんだよね。
「ベルレナ、ありがとう」
「ありがとう、大事にするわね」
パパもロナさんもそう言って喜んでくれて、わたしは嬉しくなった。
こそっとロナさんにパパと二人になった時のことを聞いたら、やっぱりあんまり会話は出来なかったみたい。でもパパは最後のわたしが囲まれているの以外ではロナさんを置いていくことはなかったみたい。
ロナさんが「ディオノレが人を気にかけられるようになったのは、ベルレナのおかげね」って笑ってくれた。今までのパパだったらそもそもロナさんと一緒に居ようともしなかったみたい。
そうやって楽しく会話を交わしていると、わたしはすっかりお嬢様に間違えられたことや囲まれたことなど忘れてしまうのだった。




