幕間 身体を奪ったあの子 ①
「ベルラ、おはよう」
「おはようございます。お兄様」
私の名前はベルラ・クイシュイン。
クイシュイン公爵家の長女だ。私には秘密がある。それは異世界からの転生者であるということだ。私がベルラとして目覚めたのはベルラが六歳の時である。
私はこうしてベルラとして生まれ変わる前からベルラのことを知っていた。ベルラ・クイシュインは私が生前やっていた乙女ゲームの世界に出てきた存在だったから。
乙女ゲーム――プレイヤーがヒロインを操作して、攻略対象である男性たちを落としていくゲームだ。
前世では乙女ゲームの世界への転生ものの漫画やライトノベルが流行っていた。その結果、そういう漫画やライトノベルのストーリーに出てくる悪役令嬢を出した乙女ゲームも実際に出てきた。
乙女ゲームに悪役令嬢は本来いなかったらしいが、漫画やライトノベルの影響でそういうゲームが売れると確信された結果なのだろう。そんなわけで私が転生したこの世界は、前世で遊んだ乙女ゲームの一つである。
『ライジャ王国物語』という特に代わり映えもないタイトルだったが、その内容が濃く、それなりに有名だった乙女ゲームだ。
何を隠そう、その乙女ゲームの世界の最大の悪役令嬢こそベルラ・クイシュインだった。
クイシュイン公爵家の長女で、『ライジャ王国物語』のメインの攻略対象である第一王子の婚約者である。
燃えるような赤い髪と、水色の瞳を持つ美しい少女だった。
私が知っているベルラ・クイシュインは女性らしい身体付きを持つ、まさにボンキュッボンと言える妖艶な女性だった。吊り上がった瞳と顔立ちで、見た目はかっこいい美人さんだった。
とはいえ、ゲームの世界では公爵家で甘やかされて育ったベルラ・クイシュインは我儘放題で気に食わない相手に容赦などしない存在だった。そして自分の婚約者に近づくヒロインを気に食わないと言って、虐めつくすのだ。流石権力者と言えるべきなのか、このベルラ・クイシュインはその権力を持ってして相手を追い詰めていく。その結果、最終的に婚約破棄や国外追放といった破滅が待っている。
現実的に考えれば公爵家令嬢にそんな罰を与えるのはあり得ないが、そのあたりはゲームだからである。また流行っている漫画やライトノベルでそう言う設定が多かったからそういう乙女ゲームにしたとファンブックに書かれていた。
このベルラ・クイシュインは『ライジャ王国物語』の中でも一番の悪役令嬢である。他のライバルキャラには救済があるが、ベルラ・クイシュインには救済はゲームではなかった。
……私はそんな破滅を約束された悪役令嬢に転生してしまったのだ。六歳のベルラ・クイシュインとして目覚めた事は良かったと言えるだろう。我儘さは出ていたものの、まだ六歳ならばやり直せる。私はこの二年の間に、いかにフラグを折るかを考えていた。
生まれ変わってしばらくは身体が上手く動かなくて、そんな設定あったっけ? と驚いたものの今はすっかり私は至って健康である。
フラグを折るためにどうしたらいいかと考えた結果、私はゲームのベルラ・クイシュインと異なるように――我儘にならないようにすることにした。前世の私は社会人だったからそれは簡単だった。
私には六歳までのベルラ・クイシュインの記憶はなかったが、それでもまだ六歳だったからどうにでもなった。ゲームに登場しなかった背景キャラクターたちについては少しずつ覚えていった。そして急に変わってしまったと嫌われてしまわないように家族や侍女たちとの仲を深めていくことにした。
自分がフラグを折るために――という気持ちで私は行動していたけれど、私はこの二年ですっかりこの家族たちが大好きになって、この家のことも大切になっていた。此処が乙女ゲームの世界である事は確かだろうけれど、此処は現実だということもこの二年で十分理解した。
ただ現実だったとしても乙女ゲームのような結末を迎える可能性もあるので、折れるフラグは折ろうと思っている。
「ベルラ、今日は何をするんだい?」
「今日は本を読みますわ」
「ベルラは二年前から本当に勉強熱心になったね。そんな君は僕にとっての自慢の妹だよ」
どうして乙女ゲームの中のベルラは、こんなに優しいお兄様や可愛がってくれるお父様やお母様が居たのにあんなふうになったのだろうか。甘やかされたからとはいえ、こんな素敵な家族がいたのならばもっと家族たちにとって誇らしい自分であろうとしなかったのだろうか。
前世の私は両親が幼いころに亡くなっていたから、今世でこうして家族に甘えられることが嬉しかった。気づいた時には、大切な人がいなくなっているということはよくあることだと私は前世の記憶で知っている。
今世で私がベルラだと知った時は、どうしてベルラなんだろうとそんな風に考えていた。けれど、こんな素敵な家族の元へ私がやってこれたことには神様ありがとうと思ってやまない。
――こんなに素敵で優しい家族を悲しませないためにも、私は立派な淑女になろうとそう心がけるのだった。
――家族のために頑張ろうと決意している私は、私のせいで悲しんでいる人がいるなんて欠片も考えていなかったのだった。




